新大阪発京都経由鳥取・松江行き「山陰新幹線」を考える 地元は整備新幹線への格上げ熱望

大阪市を起点に鳥取、松江の両市を経由して山口県下関市に至る約550kmの鉄道新線、それが「山陰新幹線」です。政府が基本計画を閣議決定したのは1973年。世界は第1次オイルショックに揺れ、日本ではトイレットペーパーや洗剤の買い占めと、まるで2020年を先取りするような出来事が起きていました。この年の3月15日に山陽新幹線新大阪―岡山間が開業、世は新幹線ブームに沸いていました。

以来、約50年。長く塩漬け状態だった山陰新幹線ですが、このところ沿線自治体が整備効果を試算して公表するなど、最初のハードルといえる計画路線から「整備路線」への格上げを求める動きを活発化させています。鉄道ファンなら知っておきたい、「山陰新幹線あれこれ」を記してみました。

山陰新幹線がクローズアップ!?

つい最近、山陰新幹線がクローズアップされました。といっても、「鉄道チャンネル」サイト内の話。2021年1月11日に掲載された、「新幹線新下関にある日本海にむけた軌道空間、北陸新幹線とつなげる案も」のコラム。鉄道ファンでも知る人ぞ知る情報ですが、山陽新幹線で本州最西端の新下関駅は将来、山陰新幹線が乗り入れられる構造になっています。

山陽新幹線の博多延伸開業は1975年3月10日。駅の設計者は、「いつか山陽新幹線が来る」と思って線路配置を考えたのでしょう。おそらくこれが、現時点で唯一の山陰新幹線の構造物だと思います。

新大阪から鳥取まで1時間20分

山陰新幹線の概略ルート(画像:山陰縦貫・超高速鉄道整備推進市町村会議)

まずは松江までのルートを見ましょう。関係自治体の公表済み資料を転載します。山陰新幹線は、現在のJR山陰線とほぼ同一ルートをたどります。少し古いデータですが、沿線の主要都市は京都府舞鶴市(人口8万4000人)、兵庫県豊岡市(7万9000人)、鳥取県鳥取市(19万4000人)、同米子市(14万9000人)、島根県松江市(20万6000人)。鳥取、松江の両市は20万都市で、相応の需要が見込めそうです。

開業すれば、新大阪―鳥取間の所要時間見込みは1時間20分、同―松江間は2時間10分。現状は大阪―鳥取間2時間30分(智頭急行利用)、同―松江間3時間50分(山陽新幹線+JR伯備線利用)で、1~2時間以上の時間短縮効果が期待できます。

地元は日本海側国土軸の形成に加え、自然災害時の山陽新幹線のリダンダンシー(代替)機能を整備理由に挙げます。

東小浜まで北上、日本海沿いに西進

北陸新幹線から山陰新幹線が分岐する東小浜駅は現在は典型的なローカル線の駅です。(写真:うげい / PIXTA)

発駅は新大阪で、学研都市線(片町線)と接続する松井山手を経て、京都から東小浜(JR小浜線との接続駅)まで北上。ここから西方に向きを変え、西舞鶴、岩滝口、豊岡、湯村温泉、鳥取、倉吉を経て米子に至ります。

駅位置は未定で、駅名も仮称ですが、西舞鶴でJR舞鶴線とWILLER TRAINS(京都丹後鉄道)、岩滝口でWILLER TRAINS、豊岡でJR山陰線とWILLER TRAINS、鳥取でJR山陰線と因美線、倉吉と米子でJR山陰線に接続します。湯村温泉は在来線になく、実現すれば新幹線単独駅になります。

図は鳥取県での決起大会の資料なので米子止まりですが、米子―松江間は30kmちょっとなので、米子止まりは多分なく松江までの開業になるでしょう。

東京発金沢、福井経由鳥取行きの可能性も

図で注目してほしいのは新大阪―東小浜間で、これは2017年3月に決まった北陸新幹線の新大阪延伸ルートと同じ。つまり山陰新幹線は新大阪から北陸新幹線を逆走し、東小浜で分岐して鳥取や松江に向かいます。既設の新幹線でも上越新幹線は大宮、北陸新幹線は高崎と、途中駅からの分岐です。

列車はおそらく、新大阪発鳥取・松江行きといった運行形態になるでしょう。でも北陸新幹線と線路がつながっているので、例えば東京発金沢、福井経由鳥取・松江行き「かがやき」(この列車名は絶対にないでしょうが)なども考えられます。

北陸新幹線の延伸開業で街の新しいシンボルになったJR金沢駅兼六園口の鼓門。この駅に「鳥取・松江行き」列車が走る日は来るのか。(写真:宗 / PIXTA)

かつて北陸の金沢や富山は関西とのつながりが強かったのですが、2015年に北陸新幹線が開業すると東京方面から多くの観光客が訪れるようになりました。北陸新幹線の開業効果は、山陰の自治体や経済界も十分に意識するはずです。

整備推進市町村会議が誘致活動を主導

東京で開催される「山陰縦貫・超高速鉄道整備推進市町村会議」総会。2020年はコロナ禍で見送られましたが、2021年は開催の予定です。(写真:山陰縦貫・超高速鉄道整備推進市町村会議)

山陰の地元で、新幹線誘致の旗を振るのが「山陰縦貫・超高速鉄道整備推進市町村会議」。大阪、京都、山口、島根、鳥取、兵庫、福井の2府5県約50市町村がメンバーに名を連ねます。2020年11月14日付「鉄道チャンネル」掲載記事で、「四国新幹線」をご報告させていただきましたが、山陰新幹線と四国新幹線の違いは、四国が経済界挙げて誘致を目指すのに対し、山陰は自治体が主導する点です。

市町村会議は毎年、総会を東京で開催し、中央へのアピールを狙いますが、現状では四国の方が一歩リードのようにも見えます。ただ、現実的には「四国新幹線は着工、山陰新幹線は見送り」はおそらくないでしょう。仮に一方だけ着工すれば、もう一方の地元から猛烈な反発が来ますからね。

収支採算性試算では十分に元が取れる

さて、山陰新幹線はどのように整備されるのか。四国新幹線のコラムで「単線新幹線」を紹介しましたが、山陰新幹線も単線が有力な整備手段と考えられます。市町村会議の資料によると、鳥取まで単線整備(建設)した場合、建設費6900億円で、整備効果は開業10年目で1兆4300億円(GDP増加額)。人口は鳥取県で4万4000人、島根県で1万7000人増えるとします。誘致側の試算なので少々の割り引きが必要かもしれませんが、いずれにしても十分に元は取れる計算です。

市町村会議は、全線複線フル規格での整備効果も試算します。現在の整備新幹線は最高設計時速260kmで、同格の新幹線とすると鳥取までの建設費9000億円、整備効果1兆7200億円になります。

2030年ごろが着工判断のタイミングか

現在、整備新幹線は北海道、リニア中央、北陸、九州(西九州ルート)の4路線が建設工事中で、工程は別表のようになっています。

整備新幹線と開業予定の一覧。工事の遅れも考えられますが、2050年ごろまでには全国規模で新幹線ネットワークが完成する見通しです。(画像:山陰縦貫・超高速鉄道整備推進市町村会議)

JR東海が事業主体のリニア中央を除き、国(実質は鉄道建設・運輸施設整備支援機構)が建設する北海道、北陸(金沢―敦賀間)、九州は一部工事の遅れもありますが、計画通りだと2031年までに開業を迎えます。おそらく北海道新幹線札幌開業前年の2030年、もしくはもう少し早く、北陸新幹線敦賀延伸開業時あたりが、次の新幹線をどうするのか、造るか造らないかを見極める、一つの節目になりそうな気がします。

岡山と松江を結ぶ「中国横断新幹線」

山陰エリアには、山陰新幹線以外にもう一つの新幹線計画もあります。それは伯備新幹線で、正式名称は「中国横断新幹線」。在来線のJR伯備線に沿った新幹線で、路線は岡山―松江間の約150km、所要時間約44分。山陰新幹線と同じく1973年に基本計画が決まったものの、具体化の動きはありません。

永久に造り続ける

最後に少々、個人的な雑談にお付き合いを。山陰新幹線について、沿線を除けば「造れない」もしくは「造る必要がない」の見方が大勢のようにも思えます。当コラムを書いている私自身も、「四国新幹線や山陰新幹線の建設は相当難しい」と考えます。しかし現状、日本の社会は法律の裏付けもあり、整備新幹線を永遠に(もちろんゴールはありますが)造り続けることで成り立つ構造になっていて、それを世間は「成長戦略」と言ったりするわけです。

確かに半世紀前とはいえ、閣議決定は今も生きているわけで、「整備新幹線は不要」と主張する政党が、国会で多数派を占める状況は考えにくいものがあります。山陰新幹線のコラムの締めくくりにはふさわしくないことを自戒した上で、本稿が読者諸兄にとって「これからの日本に本当に必要な鉄道は何か」を考えるきっかけになってもらえれば、筆者にとって過ぎたる喜びといえます。

文:上里夏生

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