日本人社員とその家族たちが中国で「人質」となる日|佐々木類 外資の国外逃亡が加速して経済的に追い詰められた中国が態度を硬化させ、日系企業への締め付けを強めれば、中国在留約12万4000人の日本人の生命と財産が脅かされかねず、帰国もままならなくなれば事実上の「人質」となる。日本の中国進出企業はこのことにあまりに無頓着であり、無警戒すぎる!  

呑気な日本の経済界

中国は新型コロナウイルスの感染拡大後、医薬品や粗悪なマスクを欧州はじめ世界各国にばら撒いて恩を売る「マスク外交」や、恫喝をもためらわない「戦狼外交」を展開し、欧米諸国の反発を招いている。

そんな中国が米国と繰り広げているのは、貿易戦争による景気の後退局面だとか、コロナ禍による経済的損失といった世界経済の景況感レベルの話ではない。陸海空という伝統的な戦闘領域に加え、宇宙やサイバー空間、AI、電磁波といった新たな領域における米中の覇権(ヘゲモニー)争いなのである。

その底流に流れるのは、「自由と民主主義vs全体主義の戦い」(ポンペオ前米国務長官)なのだ。欧米諸国が締め出しを図る中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)に象徴される次世代通信網(5G)をめぐる戦いも、この延長線上にある。

この流れはバイデン政権になっても大筋では変わらないだろう。2018年10月にペンス副大統領が行った中国に対する事実上の宣戦布告ともいえる演説は、超党派の合意のうえに成り立っていたからである。

こうしたなかで注意すべきは、日系企業による中国への過度な投資である。どんな国が相手でもビジネス上のリスクはつきものだが、日本の同盟国である米国と鋭く対立する中国での事業展開はとりわけリスクが高い。そんな事情を知らないわけがなかろうが、中国での事業拡大を図る日系企業があとを絶たないのはどうしたものか。

日中経済協会と経団連、日本商工会議所は2018年9月、経団連の中西宏明会長や日商の三村明夫会頭など企業関係者約240人を中国に派遣した。3団体は2020年9月にも訪中し、李克強首相と会見している。習近平国家主席の国賓としての来日を「わが国経済界を挙げて歓迎する」とも語っている。世界がコロナ禍に席巻される前の話とはいえ、随分と呑気なものである。

コロナ禍でもすぐに工場を再開させる自動車メーカー

目を引くのが自動車メーカー各社の動きだ。コロナ禍で一時は駐在員や家族を帰国させ、中国工場の稼働を停止したが、すぐに再開させた。そのかいあって、日系自動車大手4社の中国市場における2020年10月の新車販売台数は好調だ。

産経新聞などによると、トヨタ自動車が前年同期比33・3%増となるなど、マツダを除く3社でプラスとなった。10月上旬には国慶節(建国記念日)の連休があって販売店への来客が増えており、新型コロナウイルスによる打撃からの回復傾向が続いたとみられる。

トヨタは17万5600台で、7カ月連続で前年実績を上回った。高級車ブランド「レクサス」が44・4%増と好調だ。1~10月の累計でも前年同期比9・5%増と、コロナ後の回復が進んでいる。今夏、天津と広東省広州でEVやプラグインハイブリッド(PHV)などの生産拠点とする二つの工場の建設を開始した。

ホンダの10月販売は、22・3%増の18万655台だった。主力モデル「シビック」などの販売が伸びて4カ月連続のプラスを確保した。ハイブリッド車(HV)の月間販売台数も過去最高を更新し、今年に入り、武漢と広州の2カ所で生産ラインを増設、生産能力を24万台増やしている。

日産自動車は5・0%増の14万6028台。乗用車と小型商用車の販売好調が牽引し、2カ月連続のプラスとなった。2021年中に中国での生産能力を約3割増強し、現在の年140万台から、年180万台まで引き上げる。合弁相手の東風汽車集団が保有する湖北省武漢と江蘇省常州の工場に、日産専用の生産ラインを設けるという。

2020年3月期連結決算は最終利益が約6007百億円の赤字で、主要国のなかでいち早く需要が回復している中国で、業績改善の糸口をつかみたい考えとみられる。 マツダだけは、1・0%減の1万9681台で、2カ月ぶりのマイナスだった。

自動車会社以外も続々と中国へ

自動車会社以外にも、多くの日系企業が中国の市場を狙っている。

中国・上海で2020年11月5日、大型見本市「中国国際輸入博覧会」が開かれた。中国に売り込みたい商品をパナソニックなど日系企業も多数出展した。

メイド・イン・ジャパンへの信頼はもともと高いことに加え、新型コロナウイルスの流行後は、衛生や健康に関する商品が特に注目されている。パナソニックは、日本市場で培った技術を活かした空気清浄機や、センサー技術を活用した非接触型の住宅設備を展示した。

キヤノンはコンピュータ断層撮影装置(CT)など医療機器を前面に打ち出し、日立グループは顔認証などを使い、操作盤に触れずにエレベーターを利用できる取り組みなどをアピールした(11月7日、産経新聞朝刊)。

明治ホールディングスは7月16日、中国・広州市に牛乳やヨーグルト、菓子の生産販売拠点を新設すると発表した。中国法人と明治が出資する新会社を設立し、23年度中の生産開始を目指す。資本金は12億元(約184億円)。商品の供給体制を強化し、最注力地域として中国事業の拡大を図る。

ヤクルト本社も中国向けに化粧品販売に乗り出した。同社は今夏、中国アリババ集団の運営する越境電子商取引(EC)サイトに出店し、日本で訪問販売してきた基礎化粧品など44種類をそろえた。中国ではアンチエイジング商品を購入する若年層が多く、日本で中高年層向けに展開してきた商品を売り込む。2021年3月までに1億円の売り上げを目指すという。

中国は本当に「おいしい市場」なのか?

このようなニュースに接すると中国はおいしい市場にしか見えなくなるが、実態は疑わしい。中国国内で新型コロナウイルスの感染が「収束」しているというが、中国共産党当局の景況感はまったく当てにならず、本当のところは分からないからだ。新型コロナウイルスの感染拡大で原材料や部品調達を中国に頼っていた企業や、国内外で生産停止した工場に部品供給を行う企業では、経営環境が急速に悪化している。

流通大手を中心に、中国での全面的な生産や店舗営業の再開時期が見通せずにいるほか、中国製部品や食材などの供給量減少で国内工場も操業停止するなどの影響が出ている。在庫や設備に余裕のない中小企業では、サプライチェーンが断たれれば中国事業での影響は深刻だ。

日中の貿易総額は3039億ドル(2019年)で、日本にとって中国は最大の貿易相手国であり、中国にとって日本は米国に次ぐ2番目の貿易相手国である。日本の対中直接投資総額は38・1億ドル(2018年)で、中国にとってシンガポール、韓国、英国に次いで第4位の投資国となっている。

日本人12万4000人が「人質」に

企業が利潤を追求するのは当然だが、経済活動だけでは片づけられない問題が横たわっている。現地に派遣する日本人従業員や帯同する家族が、中国に人質にとられる可能性があることだ。外資の国外逃亡が加速して経済的に追い詰められた中国が態度を硬化させ、日系企業への締め付けを強めれば、中国在留約12万4000人の日本人の生命と財産が脅かされかねず、帰国もままならなくなれば事実上の「人質」となる。

日本の中国進出企業はこのことにあまりに無頓着であり、無警戒だ。

現在、中国進出の日系企業は、帝国データバンクによると約1万3600社で、中国関連ビジネスに携わる企業は3万社に上る。

過去最多だった2012年の1万4394社に比べ748社減るなど、中国に進出する日系企業は減少傾向にはある。

業種別にみると、最も多いのは製造業で5559社、全体の4割を占める。次いで、卸売業4505社が3割。進出地域で最も多いのが中国東部の華東地区で、9054社に上る。

特に上海市は6300社と、中国全土で最も多い。1900社が進出している江蘇省と合わせ、日系企業の多くが上海経済圏に集まっている。新型コロナウイルスが発生した湖北省武漢市エリアには、多数の日系自動車産業が進出している。

暴動が叫んだ「愛国無罪」のスローガン

中国が政情不安になった際、あるいは、中国側が尖閣諸島(沖縄県石垣市)などへの挑発を強め、日中両国間の緊張関係が高まったとき、真っ先に危険が及ぶのが日系企業とその家族である。

愛国無罪のスローガンの下、2005年4月、四川省成都で日系スーパーに対する暴動が発生し、北京や上海で日本に対する大規模なデモの一部が暴徒化した事件を覚えている日本人も多いだろう。

2012年の中国における反日活動は、野田佳彦政権による尖閣諸島の国有化をきっかけに激化した。暴徒は日系企業の工場や店舗に対して放火や略奪を繰り返した。さらには丹羽宇一郎駐中国大使の公用車を襲い、車の国旗を強奪、邦人を襲撃したりした。

こうした暴動は、ソーシャルメディア(SNS)を発火点として燎原の火のごとく中国全土に広がり、それをまた中国当局が見て見ぬふりをしているのではないか、と思われる映像が流れたのを筆者は見た。暴徒を制御しなければならないはずの警官がボーッと突っ立ている光景だ。

北京で2004年に開かれたサッカー・アジアカップ決勝戦で日本が中国に勝利したあと、在北京日本大使館の公使2人が乗った大使館車両が、中国人サポーターに襲われた。中国紙は批判したが、襲われた際の映像まで残っているのに容疑者は割り出されなかった。当局の怠慢か嫌がらせだろう。ネット上では暴漢に対し、「愛国者」 「英雄」などの言葉があふれた。

たやすく外国人を不当逮捕し外交カードに使用

法治国家と言いながら、三権分立を否定し、憲法の上位に共産党を置くいまの中国は、法をいかようにも恣意的に運用し、在留外国人を不当に逮捕することで外交カードとする人質外交を厭わない。 10年前に起きた中国漁船による海上保安庁の巡視船への体当たり事件を思い出していただきたい。

2010年9月7日、沖縄県石垣市の尖閣諸島周辺海域で中国漁船が海保の巡視船に体当たりし、中国人船長を公務執行妨害容疑で逮捕した一件だ。当時、日本の民主党政権は腰の砕けた対応で法を捻じ曲げ、那覇地方検察庁に船長を処分保留で釈放させてしまった。

報復なのだろう。中国は中国国内にいたフジタの社員4人を「許可なく軍事施設を撮影した」と難癖をつけて身柄を拘束し、レアアースの日本への輸出を止める挙に出た。レアアースは希土類元素とも呼ばれ、パソコンのハードディスクなど、先端技術製品の製造に欠かすことができない金属だ。実際には、複数の税関での通関業務を意図的に遅滞させることで事実上、輸出を止めた。

こうなると、中国にいる日本人は自分で自分の身を守るしかない。子どもの安全は、学校や親がみだりに外出させないなど、適切に対応するしかない。

手元の資料によると、平成31年4月現在とみられる在中国の日本人学校の生徒は3000人弱。上海日本人学校は3校あるが、1校しかカウントされていないので、他の2校と記載のない別のエリアの学校の児童・生徒を加えれば4000人を超える。

日本国内に比べて教師、職員は十分に足りているのか。突発的な暴動が起きた際、子どもたちの登下校の安全を学校側がしっかりと確保する責務がある。

中国政府は、もっとストレートに制裁が可能となるよう新たな経済制裁のツールも手に入れた。12月に施行する輸出管理法だ。安全保障などを理由に禁輸企業リストをつくり、特定の企業への輸出を禁じるものである。ファーウェイなど中国企業への禁輸措置を強めている米国への対抗措置だ。輸出管理法で中国当局が日系企業を「中国の安全や利益に危害を加える虞れがある」と判断した場合、輸出を不許可にしたり、禁輸リストに載せたりできる。

無実の罪で死刑のリスクも

フジタ以外にも、北海道大学教授など、日本人が不当に身柄を拘束された例は枚挙に遑がない。

分かっているだけでも、2015年以降、愛知県の男性や札幌市の男性のほか、日本語学校女性幹部、日本地下探査の男性、伊藤忠商事の男性ら計14人が身柄を拘束され、9人が懲役刑を宣告されている。

日本人の人質だけではない。2018年12月1日、米国の要請により、対イラン経済制裁に違反して金融機関を不正操作した疑いで、ファーウェイの孟晩舟副会長がカナダ当局に逮捕されたあとのことだ。

中国最高人民検察院は2020年6月19日、2018年12月に中国当局に拘束された元外交官ら2人のカナダ人について、「外国のために国家機密を探索した罪」などで起訴したと明らかにした。2人の身柄拘束は、ファーウェイ副会長兼最高財務責任者(CFO)の孟晩舟をカナダ当局が逮捕した報復とみられる。

このほかにも、2015年3月、米国人女性実業家、16年1月に人権団体のスウェーデン人、2018年7月に中国大陸との交流関係に携わっていた台湾人、19年8月にオーストラリア人作家、同8月に在香港の英国総領事館の現地職員、9月に派遣会社経営の米国人と米国人学生が、同9月には米物流大手航空会社のパイロットが軒並み、容疑事実不詳のまま逮捕されている。

留意したいのは、2014年11月1日に中国で「反スパイ法」が施行されてから、日本人を含む在中国の外国人の身柄拘束が相次いでいる点だ。最高刑は死刑である。

この反スパイ法に全体主義の魂を注入する原型となったのが、2012年に改正された刑事訴訟法第73条だ。改正の柱は、「指定居所監視居住」という項目だ。公安当局が指定した施設で、裁判所による逮捕令状がなくても監視や拘束活動が許可される内容だ。

要するに、容疑がなくても当局の恣意的な判断次第で、中国人だろうが外国人だろうが、簡単に身柄を拘束できるという人権無視の反社会的条文なのだ。捕まえてから逮捕容疑を考えるというのだから、でたらめというほかない。

北京駐在の長い筆者の同僚は、中国国内を取材する便宜上、航空機を利用せざるを得ない場合でも、「決して手荷物を預けない」と言っていた。到着した空港で預けた荷物を引き取るまでの間に白い粉などを入れられ、「これは何だ?」などとイチャモンをつけられたら最後、覚醒剤所持の現行犯で逮捕され、密室での裁判で死刑宣告されかねないからだという。

国内法を恣意的に運用

恐ろしいのは「人質」ばかりではない。法律の壁もある。

ジェトロ(日本貿易振興機構)が日系企業を対象に行った海外ビジネス調査によると、中国におけるビジネス上のリスクには、政情、人件費の高騰、法制度、知的財産、代金回収が挙げられる。

中国経済に詳しい評論家の宮崎正弘氏は自著『中国から日本企業は撤退せよ』(阪急コミュニケーションズ)のなかで、「中国特有の官僚システムの非合理、セクト主義に小突き回された揚げ句、軌道に乗った日本企業のテナント料をいきなり3倍にするなど、合法的に無謀な条件を突き付けてゆすられる」ケースもあると語っている。

ひとたび経営が悪化し、中国からの撤退や東南アジア諸国への移転を検討する段になると企業の前に大きく立ちはだかるのが、中国の法律の壁なのだ。共産党を後ろ盾とした合弁企業や地方政府が、国内法を恣意的に運用して、過剰な補償金をふっかけてくるケースも少なくない。

少し古いが、中国でダメージを受けた企業のなかで表沙汰になったケースを紹介したい。2015年11月に事業撤回したNTTコミュニケーションズ(NTTコム)の例だ。

同社は中国でのデータセンターの運営計画を立てていた。しかし、当初許認可が不要だったにもかかわらず、中国政府が突然、免許制に移行すると告知したことで、単独での参入が困難になってしまったのだ。

サーバーを企業に貸し出すデータセンターを上海に建設し、当初は14年11月にサービスを開始する予定だった。事業化に先立ち、政府関係者や現地の法律事務所と折衝した結果、開設に伴う特別な事業免許などは不要との回答を得ていた。

だが、15年1月に情報通信産業を所管する中国の省庁が突然、データセンター運営には免許が必要だと通知してきたため、NTTコムが中国当局の意向を確かめたが、この時点で事業化は困難だと判断した。当時NTTコムは、米エクイニクスやKDDIなどに先駆けて世界で初めて独自資本で上海にデータセンターを開設する計画だった。

中国の通信行政に詳しい関係者の話によると、電話やインターネットなどの回線を使う通信事業は以前から免許制だったが、データセンターの運営に関する免許は存在していなかったという。 「中国では日によって規制が変わったり、役所の窓口ごとで解釈が変わったりすることもある」(2015年11月6日付産経新聞)

注目したいのは、中国当局が突然免許制を通告してきた時期だ。

日本では民主党の野田佳彦政権が尖閣諸島の国有化を決め、中国全土で愛国無罪を旗印に反日デモが吹き荒れるなど、対日感情が悪化し、それが尾を引いていた時期である。中国当局による嫌がらせだった可能性は捨てきれない。

尖閣諸島に対して、中国は年々挑発の度を強めている。今後、さらに緊張が高まり、中国当局に煽動された反日デモや暴動が、いままで以上に吹き荒れる可能性もある。中国にいる日本人従業員や家族の安全を企業側は本当に守れるのか。

日本企業の「夜逃げ」が増加

中国から撤退をした企業は、中国情報サイト「21世紀中国総研」によると、サントリーやカルビーなど100社を超える(2015年1月~17年8月)。なかでも大規模な撤退をしたのが、中国に60あまりの子会社を抱えていた東芝だ。

白物家電の開発、製造、販売を行う東芝ライフスタイルは、株式の80・1%を中国の美的集団に譲渡し、東芝ライフスタイルの社名を維持したまま製造、販売を継続、美的は白物家電の東芝ブランドを40年間使用する契約で、中国の美的集団グループ企業となった。まるまる中国を儲けさせた形である。

神戸製鋼所も、合弁相手に一任していた債権回収の焦げ付きが発覚して合弁を解消した。任天堂は、家庭用ゲーム機「ニンテンドースイッチ」の生産ラインの一部を中国からベトナムへ移管すると発表。米国による対中制裁関税にゲーム機などが含まれるためだ。制裁の発動はいったん回避されたが、米中両国の通商関係は不安定なままで、生産体制を見直してリスクを抑える狙いという。

何しろ大手だけで100社以上が事業縮小や撤退、移転しているから失敗の事例は枚挙に遑がない。

台湾や韓国企業の場合、解散や清算など中国国内法に則った正式の手続きをとらずに、ある日突然、経営者が帰国してしまう「夜逃げ」型が多いとされる。近年の特徴は、日本企業にも「夜逃げ」型が増えていることだ(国際弁護士 村尾龍雄の『今が分かる!!』アジア情報)。

14年には中国・華東地区の日系企業が50人ほどの従業員の2カ月分の給料を未払いのまま引き払い、村の開発区から弁護士費用は払うから何とか助けてくれという相談の連絡がきたことがあったという。

先述の宮崎氏は、同著でこう述べている。

「日本企業は、悪意、裏切り、猜疑心のかたまりの人々が鎬を削る戦場へ行く場合、それなりの打算、最悪のシナリオに遭ったときのマニュアルを持たないといけない。そういう熱気をはらんだ準備も心構えもなく、単に『バスに乗り遅れるな』と安易に中国へ進出すること自体がそもそも無謀である」

日本企業は撤退の勇気を

中国・武漢で発生した新型コロナウイルス禍を機に、日本政府は生産拠点の国内回帰や多元化を図るのを目的に、「脱中国」を促すための補助金事業に乗り出した。

経済産業省は2020年7月17日、令和2年度第1次補正予算に「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金」を計上し、57件の事業を採択した。政府は新型コロナウイルスによる緊急経済対策の一環として、計2435億円を二年度予算に盛り込んだ。

選ばれたのはシャープなどの大企業以外、大半が中小企業で、不織布マスクの製造など医薬品や医療機器などの衛生用品関連が目立つ。

日本側の動きについて、中国共産党機関紙「人民日報」のニュースサイト「人民網日本語版」(2020年9月18日付電子版)は「日系企業1700社が『中国撤退待ち』の真相は?」と題したレポートで、日本で進む「脱中国」政策を次のように批判している。

「経産省に補助金申請した日系企業1700社は、在中国日系企業約35000社の5%にも満たない。対中投資は減少どころか増加しており、感染症(新型コロナウイルス)のなかでも、ホンダとトヨタの中国販売量は過去最高を更新し続けている。日本政府が中国とデカップリング(切り離し)するという軽率な選択をすることはないだろう」

党機関紙らしい物言いだ。上から目線で日本政府に対し、「日系企業に儲けさせてやっているんだから、馬鹿な判断したら、彼らがどうなっても知らないよ」と聞こえる。

政情不安など、チャイナリスクは強まることはあっても弱まることはないのだ。日本企業には「撤退」の勇気も求められる。(初出:月刊『Hanada』2021年2月号)

佐々木類

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