遠藤順子さんをしのぶ

 巨大な太陽が沈み、入れ替わりで月ならぬ明るい太陽が出てきた。1月に93歳で死去した遠藤順子さんにそんなイメージを抱く▲夫は「沈黙」「女の一生」など長崎が舞台の小説を多数執筆した故遠藤周作さん。夫の死去から2年後の1998年、70歳を過ぎて出版した随筆「夫の宿題」がベストセラーに。作家を陰で支えた妻が表舞台に出た▲全国7カ所の候補地の中から西彼外海町(現長崎市)に周作さんの文学館を建てると決めたのは順子さんだ。2000年の開館後、頻繁に文学館へ足を運び、たくさんの人と交流した▲飾らない人柄で快活。順子さんがいると場がパッと明るくなった。周作さんの文学は読者の支えとなったが、順子さんのバイタリティーに元気づけられた人も多かったはず▲父で実業家の故岡田幸三郎氏は戦時中にミャンマー独立を支援した人で、長崎高等商業学校(現長崎大経済学部)の出身。母校への思い入れは強く、同窓会誌「瓊林(けいりん)」をよく机に置いていたという。長崎を「心の鍵がピタリと合う街」と表現した夫と同様に順子さんも長崎に親しみを抱いていた▲順子さんのおかげで長崎と遠藤文学の絆はさらに強くなった。長男の龍之介さんによると、安らかな最期だったそうだ。きっと最愛の周作さんが迎えに来てくれたのだろう。(潤)


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