ホンダジェットで「航空業界変える」  開発会社の藤野社長インタビュー

 ホンダの小型ビジネスジェット機「ホンダジェット」が2020年に31機を納入し、小型ビジネス機のシェアで初めて5割を超えた。ライバル機よりも燃費性能や乗り心地に優れ、新型コロナウイルス下でも販売は堅調だ。納入数は4年連続トップとなり、15年の初納入以降、空の世界で確かな地位を築いた。生みの親であり、30年以上にわたり開発に携わった米子会社「ホンダ エアクラフト カンパニー」の藤野道格社長(60)は、最新技術を取り入れた機体開発に意欲を示し「航空業界を変えたい」と語った。(共同通信=千野真稔、真野純樹)

小型ビジネスジェット機「ホンダジェットエリート」

 ▽コロナ影響も回復

 ―小型ビジネス機市場の現況は。

 昨年3~4月は新型コロナの影響が販売面にかなり出た。一時は需要が4~5割落ちると見積もったが、幸い航空便よりもビジネス機の方が(感染防止の観点で)安全との認識が広がり、想定よりも回復した。ライバル機は前年比で3~4割落ち込んだが、ホンダジェットは昨年9月ぐらいから前年並に販売が回復し、かなり良い結果になった。市場への影響はあったが、ホンダジェットのプレゼンス(存在感)は上がった。

 ―ホンダジェットが優れている点は。

 (同類機の中で)最も高く飛べて、最も速い。燃費も良い。快適性も圧倒的に良く、乗り比べれば誰でも感じる。他社はシェアを奪われないように値引きで戦っている。それでも昨年のシェアが5割を超え、顧客の評価を得られた。

 ―なぜ快適なのか。

 乗ったときの振動や騒音をかなり抑えている。急な風でも揺れが少ない。揺れた後もびしっと安定し、すぐに振動が収まるので「ポルシェみたいだ」と言われる。主翼の上にエンジンを付けたことで、肉体的な疲れにつながる低周波の振動が少ない。2時間ほど乗った後の疲労が競合機とは全然違う。

 ―設計上のこだわりは。

 目新しいだけではなく、技術的に進んでいる機体を造りたかった。ビジネス機の価値を再認識してほしいという目標があった。エンジンを主翼の上に配置するなど革新的な要素を取り入れた。操縦機関連を自動化し、操作にiPad(アイパッド)のようなタッチスクリーンを採用した。最新の操作性でこれまでの機体とは一線を画し、今では他社が追従している。

 ―その他のポイントは。

 燃費や最高高度といった数値性能は絶対に妥協できない。またオーナーの所有欲を満足させる格好良さ、形のきれいさや塗装の仕上げなどスポーツカーと同じで魅力的な外観でなければならない。環境性能も大事だ。ホンダジェットが出た当時はビジネス機の環境性能について誰も言ってなかった。

オンラインでインタビューに応じる「ホンダ エアクラフト カンパニー」の藤野道格社長=2021年1月

 ▽「おまえに任せた」では飛ばない

 ―開発を志したのはなぜか。

 自動車をやるつもりでホンダに入ったが、(航空機開発の)社内プロジェクトが立ち上がり、メンバーに指名された。自分から手を挙げたわけではない。ただ、開発で米国に来てからは「与えられた仕事を何とかものにしたい」という気持ちがすごくあった。米国に来て最初の夏に首都ワシントンのスミソニアン博物館に行った。米国の車の歴史が展示される中、1970年代のホンダの赤いシビックがエポックメイキング(新たな時代を切り開く)な車として展示されていた。(排ガス規制に対する燃費の良さで)米国の自動車文化を変えたと。そのときに、ホンダの飛行機が米国の航空業界に変化をもたらしたと言われる仕事がしたいと思った。

 ―開発拠点を米国に置いた理由は。

 ビジネス機の主要市場は北米だ。顧客が何を欲し、何が魅力的なのかは市場の中心にいないと分からない。日本で専門雑誌を読んでいるのとは隔世の感がある。自分のイメージを固めるためにも実際に機体に乗り、確信を持たないといけない。

 ―長年にわたりリーダーシップを取れた理由は。

 飛行機の技術的なインテグレーション(統合)はあらゆる工業製品の中で一番高い要求がなされる。空力や機体構造だけでなく操縦系統の自動化、当局の安全認証などあらゆることが同時に進行する。それぞれの領域に精通しなければ司令塔として判断を下せない。できるか、できないのかの判断は見切り発車ではいけない。分からない分野がないように努力した。専門の人と話し、自分自身で判断できるまで勉強した。

 ―多くの努力が必要だ。

 そうだと思う。諦めてしまう人もいる。自分で努力することなく「これは君の責任だから」と言う人もいる。日本人だけでなくアメリカ人でも同じだ。本に良く出てくる「おまえに全て任せたから責任は俺が取る」という言葉は殿様のようで格好いい感じがするが、それでは飛行機はできない。地道にやる必要がある。飛行機が偶然飛ぶことはない。

 ―組織面で気を付けたことは。

 仕事の目的を果たすためにどういう組織にすべきか、どの人をどこに割り当てるべきかを考えた。われわれの目的は勝つことだ。性格的に多少やりにくい人でもうまく使うことが必要で、非常に難しい。

納入数が4年連続で世界首位となったホンダジェット

 ▽業界を変えたと言われるために

 ―開発の転換点は。

 航空当局が新しいメーカーに認証を出すとなれば、大手の米ボーイングに比べて要求が2倍、3倍になる。審査官の人数は決まっているので新規メーカーの優先順位は高くない。テストの準備ができていても審査官が1、2カ月来ないこともある。技術面を超えた交渉に神経がすり減った。私自身が当局に優先順位を変えるように乗り込んだこともある。それぐらいしないと大きなプロジェクトは回らない。

 ―今後の目標は。

 米国の航空業界に変化をもたらしたと言われたい。常に新しいトレンドや技術を最初に搭載することがホンダの使命だ。業界を変えたと言われるために新たな商品が必要だ。新しい技術を取り入れた商品ラインアップを確立し、ホンダは航空機メーカーになるというところまで将来的にできればいい。

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 藤野 道格氏(ふじの・みちまさ)1960年9月生まれ。東京都出身。小学1年から高校3年まで青森県弘前市に住んだ。84年ホンダ入社、06年から「ホンダ エアクラフト カンパニー」社長。

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