「ゾーニング」対策が解決の鍵 住宅問題に挑むロサンゼルス市【世界から】

一戸建て住宅が立ち並ぶ南カルフォルニアの住宅街(c)La Citta Cita

 ロサンゼルスの住宅問題は深刻化の一途だ。他地域からの流入者が増える一方で、住宅数は不足している。賃貸価格は都心部の1LDKアパートで平均2258ドル(約25万円)と、東京と比べて45%以上高い。住宅不足や家賃高騰の原因の一つに、「シングルファミリーゾーン(一戸建て規制)」という「ゾーニング」がある。一つの土地に1家族分の住宅しか建てられないこの規制により、住宅数は大幅に抑えられてしまう。同じカリフォルニア州のバークレー市やサクラメント市では、この一戸建て規制を緩めたことで、住宅問題解決に効果をあげている。(共同通信特約ジャーナリスト=寺町幸枝)

 ▽1920年代から合憲性が認められたゾーニング

 米国の住宅に関するゾーニングの歴史は1908年にさかのぼる。ロサンゼルスで当時、クリーニング業のほか、車や家具などのあらゆる修理業が「危険なビジネス」と指定され、これらの事業の住宅地での規制を目的にゾーニングが始まった。ニューヨーク市では16年、マンハッタン地区での急激な開発に対応するため、建物を道路から後退させたり、建物上部を下部より後退させたりする「セットバック」規制に発展。この規制に従って建てられた高層ビル群は、現在のマンハッタンの景観を特徴づけている。

 26年には最高裁がゾーニングの合憲性を認めたことで、「土地の用途を特定の地理的地区に分離し、各地区内での開発活動の制限を規定する寸法基準」を特徴とするゾーニングが、全米で広がっていった。

 中でも住宅地で採用されている「シングルファミリーレジデンス(一戸建て住宅)」の規制(通称「R1」)では、一つの土地に一つの建物を建てることしかできない。この規制の目的は、住宅街の密集度を下げ、住宅地の環境を安定させるというものだが、住民が増え続ける都市部では、常に住宅不足による住宅価格の高騰が起きてきた。

ロサンゼルスと東京の住宅賃貸価格の比較表(Numbeo.com調べ)

 ▽50年以上前から続く住宅問題

 カリフォルニア州の住宅問題は、今に始まったものではない。1969年、カリフォルニア州は「The Housing Element Act of 1969(1969年住宅要素条例)」を制定し、各市や郡に8年ごとにコミュニティーの状況に合わせて住宅計画を見直すことを義務づけた。

 しかし現実には見直しの頓挫や遅延が続いている。例えばロサンゼルス空港の南にあるレドンドビーチ市は2014年に、海沿いのショッピングモール跡地に180戸の住宅及び商業スペースを建設する計画を立てた。超低所得者向けの住宅9戸の建設も含まれる予定だった。

 だがその後2年の間に、交通渋滞などを懸念する市民からの反対もあり、建設を担当するデベロッパーは計画を変更し、建設住居数を減らした。しかし市がこれを了承しなかったため裁判沙汰となり、6年たった現在でも、この集合住宅兼商業スペースは完成していない。

 また、住宅を建設するデベロッパーへの優遇措置がないなど、住宅条例の不備も指摘されている。

 ▽悪循環を生むゾーニング問題

 ロサンゼルス・タイムズ紙によれば、ロサンゼルス市の住宅地の75%に「一戸建て規制」が適用されており、住宅不足解消の見通しは立っていない。新型コロナウイルスのまん延で失業者が増え、低所得者のホームレス化が問題となる中、アパートやタウンハウスのような複数の家族が住める住宅建設を許さない限り、住居不足は解消されない。

 もう一つの問題は、住宅価格の暴騰だ。2012-19年にロサンゼルス市で建てられた6万4000戸(*1)の住宅のうち、半分は低所得者コミュニティー内だった。しかし、そのうち90%の住宅が、市の平均的な所得者でも購入できない価格帯だったという。さらに、低所得者コミュニティーでは老朽化した集合住宅のリノベーションや再建築も行われているが、同じ土地に建て替えられた建物の賃貸価格は、建て替え前の建物に比べ価格が上昇する傾向がある。そのため、それまで住んでいた住民が同じ土地に住み続けられないケースも多発している。

 一方、同じ州内で住宅状況が改善に向かっているのが、州都であるサクラメント市だ。同市は現在、住宅街の70%に一戸建て規制のゾーニングを設定し、市全体では43%に抑えている。また一戸建て規制のゾーニング内でも「Accessory Dwelling Units(付属住宅)」という特例を設け、駐車場上部や地下に部屋を作ったり、庭にコテージを建設することを可能にした。

 カリフォルニア州としての規制は、16年ごろから少しずつ緩まっており、こうした特例の申請は増えている。15年にロサンゼルス市での申請は90件だったが、17年には2000件に増えたという。

 ▽環境対策にも必須の新住宅計画

 今年2月、ロサンゼルス市が発表した最新の「Housing Element(住宅要素)」では、市が描く29年までの「住宅計画」が公表された。市の住宅にまつわる法律、プログラム、規制の三つの分野から、次の10年間のロサンゼルスの住宅事情改善を目指すこのプランは、ロサンゼルスの住宅環境を整備しホームレス問題を解決することが目的だ。

 注目されているのは、海岸地区の各市での合計100万戸の住宅建設。エリック・ガルセッティ・ロサンゼルス市長は、過去の市の計画が失敗してきたことを認め、今回は本気で住宅問題に取り組むとロサンゼルス・タイムズ紙に話している。

 ロサンゼルスは伝統的に内陸部の住宅開発を増やす計画を実施してきた。しかし新計画では、主に海岸沿いの公共交通機関の側と、就職斡旋(あっせん)センター付近の住宅建設を増やす計画が明らかになった。ガルセッティ・ロサンゼルス市長は環境対策にも積極的に取り組んでおり、住宅需要に応えるだけではなく、通勤時間を短縮し、二酸化炭素の排出量削減を目指す。

 ロサンゼルス・タイムズ紙は、2月28日の社説でこの住宅問題に触れ、サクラメント市やバークレー市の成功を例にあげ、積極的なゾーニング改変で、市がリーダーシップを発揮し、手頃な住宅をロサンゼルス住民が手にできるようにすべきだと主張した。

 住宅事情の改善により、「住宅問題解決」と「環境対策の前進」という二つのゴールを達成できる可能性も見えてきた。すでに1月、最初のホームレス向けプレハブ式小型住宅コミュニティーを立ち上げたロサンゼルス市。これまでにない動きを積み重ねることで、長年の社会問題解決に挑む。

(*1)https://public.tableau.com/profile/anthony.dedousis#!/vizhome/NewHousingUnitsbyNeighborhood-LosAngeles/NewHomesbyNeighborhood2013-19

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