中学生アイドル、伊藤つかさが歌うシティポップ「さよなら こんにちは」 1982年 3月1日 伊藤つかさのセカンドアルバム「さよなら こんにちは」がリリースされた日

中学生アイドル伊藤つかさ「少女人形」でデビュー

1981年9月、電撃的に歌手デビューした伊藤つかさの人気は、半年前に終了した「3年B組金八先生」の余韻で、当初からヒートアップしていた。デビュー曲の「少女人形」は瞬く間に売上ランキングに登場し、オリコンで最高5位、約36万枚を売り上げる。これは、80年代女性アイドルのデビュー曲では薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」に次ぐ記録だ。1ヶ月後に出されたファーストアルバム「つかさ」もオリコン獲得初登場で1位を獲得し、3週にわたりトップを維持する。当時、アルバムで1位を取れるアイドルは松田聖子くらいだったので、つかさ人気の過熱ぶりがわかる。

これほどつかさがヒットした一番の理由は、幼さと可愛らしさを兼ね備えた “中学生アイドル” だったことだろう。金八先生で演じた役柄の影響も大きいが、高校生デビューが多かった当時の歌謡界に、幼い14歳の中学生が登場したのは衝撃だった。金八先生については、指南役さんのコラム『みんな彼女に恋をした。金八先生のマドンナ、伊藤つかさはリアル少女人形』で熱っぽく語られている。

ちなみに、柏原よしえも14歳でデビューしているが、最初から大人びていた。また、前年には同じ金八先生から三原順子も15歳でデビューしたが、役柄も含め15歳とは思えなかった…。

中学卒業に間に合わせたセカンドアルバム「さよなら こんにちは」

しかし、つかさがここまで売れた理由はルックスだけではない。中学生アイドルという強みを活かした販売戦略も大きかったと思う。

これは、70年代にニューミュージック系のアーティストを次々と世に送り出し、矢野顕子の「春咲小紅」をヒットさせたジャパンレコード・三浦光紀プロデューサーの手腕によるもの。フォーク界から起用した南こうせつの曲に童謡風の歌詞を与えた「少女人形」は、つかさの拙く幼い歌声にピタリハマった。

また、ファーストアルバム『つかさ』は、乙女心を綴るメルヘンチックな曲で揃えられ、残響音で補正されたつかさの歌声は「ロマンチック・ソプラノ」とアルバムの帯に書かれてレコード店に並んだ。拙い歌唱力すら売りに変えたのだ。セーラー服姿で笑いかけるジャケットを見て、気が付けば購入していた男子も多かったに違いない。

しかし、デビュー時に中学3年だったつかさの旬は短かった。新人賞レースを蹴った異例の9月デビュー(10月以降なら翌年の新人賞レースに出られた)も、一刻も早くデビューさせたかった表れだろう。そして、中学卒業に間に合わせるように発売されたのが、ファーストアルバムから5ヶ月という短期間で制作されたセカンドアルバム『さよなら こんにちは』であった。

伊藤つかさの歌声にシティポップ風の曲を組み合わせた野心作

つかさの中学卒業を間近に控えた3月1日にリリースされた『さよなら こんにちは』は、発売済のシングル2曲(「夕暮れ物語」と「夢見るSeason」)を含む11曲で構成されるが、単なる間に合わせで作られたものでは決してない。つかさの歌声にシティポップ風の新しい音を組み合わせた野心作である。

まず制作陣が豪華だ。1曲目から4曲目の作詞・作曲は、大貫妙子、原由子、矢野顕子、竹内まりやという贅沢な布陣。竹内まりやは、前奏でコーラスもしている。また、YMOの高橋幸宏と坂本龍一も1曲ずつ作曲しているほか、加藤和彦と安井かずみのコンビも「夕暮れ物語」以外に1曲書いている。編曲も、後藤次利、大村憲司、清水信之といったテクノ寄りのアーティストが集結し、アイドルのアルバムとは思えない音の玉手箱のようだ。

しかしなぜ、これほど楽曲にこだわったのか? これは想像だが、中学を卒業するつかさを効果的に演出する手段として、あえてシティポップ系のアーティストをぶつけたのではないか?

高校への期待、恋への憧れ、大人になる不安など、この時期ならではの思いを表現する上で、中学をリアルに卒業するつかさの歌声は最適だった。その歌声に、シティポップやテクノといった新しい音を載せることにより、「少女人形」の幼い少女のイメージからも卒業させたかったように思えるのだ。

中学卒業前のきらめきを封じ込めた楽曲群

楽曲も、中学卒業をテーマにしたものが多い。

可愛らしいイントロで始まる1曲目のアルバムタイトル曲「さよなら こんにちは」は、卒業式の日に、かなわなかった初恋に「さようなら」して、いつか思い出として「こんにちは」できることを願う曲。この日限りの感情がつかさの歌声に憑依して、電子音でキラキラと輝いて聴こえる。

2曲目の「夢見るSeason」は、先行発売されたシングルとは編曲をガラッと変えたテクノなアレンジ。シングルよりも、新生活や恋へのワクワク感が際立って聞こえる。

5曲目の「恋はルンルン」は、作曲が坂本龍一、作詞はコピーライターの仲畑貴志。当時流行していた「ルンルン」という言葉を使うセンスもさすがだが、坂本龍一によるテクノ歌謡が心地よく、年上の彼への憧れ感が半端ない。

7曲目の「彼」は、何と、伊藤つかさ自身の作詞・作曲。自分の部屋で妄想する少女の姿が見えてくるような危ない感覚に襲われる。

11曲目の「ともだちへ」は、卒業する友達たちへ贈る歌。華やかなアレンジが、中学時代のさまざまな友達を総括するつかさを引き立たせている。

このアルバムを聴いていると、新生活に胸をふくらませる少女と一体化した錯覚に陥る。つかさ自身もアルバム発売前の2月に15歳になり、『ザ・ベストテン』への出演を阻んだ労働基準法の縛りも消えて、大人への一歩を踏み出した。つかさの中学卒業前の一瞬のきらめきが、この作品に封じ込められているように思えるのだ。

リマスタリングCDに収録された特典「つかさちゃんのおはなし」

時代が下って2013年、つかさが出した4枚のアルバムのリマスタリングCDが発売された。このうち『さよなら こんにちは』のCDには、当時のカセットテープ盤に収録されていた「お話し」と、シングル「夕暮れ物語」のB面最後にランダムに収録された「つかさちゃんのおはなし」という3パターンのモノローグが特典として収録されている。このCDを聴いた時、封印されていた同時代のつかさの声が解き放たれた感覚を覚え、私の心も15歳の春にタイムスリップした。

つかさと同い年の私は、当時「さよなら こんにちは」を聴きたかったが、高校受験で聴く機会を逸してしまった。そして、つかさに恋しながらも高校入学と同時に興味が薄れた。今になりCDを聴き、こうして言語化することにより、つかさとの思い出にやっと「こんにちは」ができた気がしてならない。

あなたのためのオススメ記事
語り継がれる名曲、松原みき「真夜中のドア」海外での高評価が著しいシティポップ

カタリベ: 松林建

80年代の音楽エンターテインメントにまつわるオリジナルコラムを毎日配信! 誰もが無料で参加できるウェブサイト ▶Re:minder はこちらです!

© Reminder LLC