妻「悲劇もう二度と」佐世保署員自殺 上司叱責、過重労働… 背景何が

自殺した佐世保署の警部補(当時)の遺族は「もう二度と、主人と同じ悲劇を繰り返さないでほしい」と切に願っている

 その日は土曜日だった。昨年10月3日午前。佐世保署交通課の交通捜査係に所属する警部補=当時(41)=の妻は、単身赴任している夫のため、車で食事を届けに向かっていた。
 「警部補がいつも出勤する時間になっても来ていないんです」
 突然、妻のスマートフォンに関係者から連絡があった。「私が行くまで待ってください」と妻は答えた。夫の言動にはそれまでにいくつか「変調」があった。ハンドルを握りながら、妻はそれを考えていた。
 上司から叱責(しっせき)を受けていたこと。過重な業務に追われ、心も体もすり減っていたこと。休みもまともに取れなかったこと。LINE(ライン)に2日間も「既読」が付かない日があったこと…。
 妻の脳裏に「死」の文字がよぎったが、すぐに追い払った。「疲労で寝入ってしまっているんだろう」。そう信じたかった。無情にも願いは届かなかった。
 警部補は単身赴任先で遺体で発見された。自殺だった。数ページにわたる遺書が残されていた。
 後日。妻は、夫の部下からこんな話を打ち明けられた。「(自殺の)前日、警部補の様子がおかしかったんです」。普段は夜遅くまで職場で仕事をしているのが「普通」なのに、その日に限って早めに退勤したのだという。
 その時、警部補に何が起きていたのか。妻は、今も考え続けているが、答えは出ない。
 県警の調査で、警部補が昨春、佐世保署に赴任して以降、上司からたびたび職場で罵声を浴びせられるなどの「パワーハラスメント」を受けていたことが分かった。超過勤務が「200時間前後」になった月もあったとみられる。
 夫の自死から4カ月後。妻は、公務災害の認定を求める請求書を県警を通じ地方公務員災害補償基金県支部に提出した。「もう二度と、主人と同じ悲劇を繰り返さないでほしい」。妻は、悲壮な表情でこう語る。
◇ ◇ ◇ 
 佐世保署の警部補自殺問題の背景に何があるのか。問題点を解決するために、警察組織はどう変わるべきなのか。遺族や関係者への取材を通じて、県警の「パワハラ」「超過勤務」の現状と課題を探る。

■苦悩の色 次第に濃く

 県警は昨年12月11日、佐世保署交通課の交通捜査係に所属する警部補=当時(41)=の自殺についての調査結果を明らかにした。
 それによると、直属の上司である交通課長(当時)は他の署員がいる前で、警部補を「お前には能力がない」「できなかったら辞めろ」などと叱責(しっせき)。こうした行為が週1回程度で繰り返された。課長は、警部補に対し時間外勤務を自己申告しにくいような指導もしていた。
 県警は、課長の行為を「パワーハラスメント」と認定。懲戒戒告処分にした。署長(当時)の管理監督責任を問い本部長注意としたが、パワハラの行為責任はないと断定。パワハラと自殺との因果関係について県警は「要因となった可能性はある」と認めた。
 警部補の妻にとって、県警の処分結果は納得できるものではなかった。
 妻は2月3日、公務災害の認定を求める請求書を県警を通じ地方公務員災害補償基金県支部に提出した際の会見でこう訴えた。
 「人としての根底の考え方を覆されたのだから、長時間労働と耐えがたいパワハラで精神的に追い詰められていたと思う。主人の死が仕事によるものと認められると信じている」

■「もっと他の言葉を掛けてあげれば…」

 妻のスマートフォンには亡き夫とのやりとりが今も残る。「解約しているのでいつかは夫のラインも使えなくなる。そう考えると寂しいな、と」。妻は寂しげな表情で言った。記者が自殺問題の深層に迫る記事を書きたい-と告げると、妻は、これまでの経緯を静かに語り始めた。

「超過勤務は署員の体調面を把握する上でも大切なもののはず」。亡くなった警部補のスマホには今も妻とのやり取りが残る

 妻によると、警部補は休日も遠出をしようとしなかった。「いつ呼び出しがあるか分からないから」。それが口癖だった。自宅近くの店に大好きな文房具を見に行くのがささやかな楽しみだった。
 妻は週1回、佐世保に食事を届けた。自身もかつて県警に勤務し、仕事や人間関係の苦労は身に染みて分かっている。同じ仕事をしていたからこそ、悩みも理解できるし、夫も打ち明けやすいはず-。夫の支えになりたいと思った。
 夫婦の連絡手段は主にLINE(ライン)。単身赴任した当初は小まめにやりとりしていたが、次第に警部補から妻への返信が遅れることが増えていった。会った時にも寝入ることが多く、口数も減った。それまで妻に見せていた夫の姿とは明らかに違った。
 「夜中に呼び出されて徹夜勤務中です」「過労死しそう」(いずれも原文のまま)。ラインで夫から届くメッセージはだんだん苦悩の色が濃くなっていった。「本当に大丈夫?」。妻が不安になり連絡すると、夫は「大丈夫」などと返答した。せめて声だけでも聞きたくて「電話したい」と求めたが、夫は疲れ切って電話できる状態ではなかった。
 やがて、ラインの返事が1日以上ないのも「当たり前」になり、週末でさえ会えない日もあった。
 妻が提出した公務災害認定請求書によると、この時期、警部補は「月200時間前後」の残業をしていた可能性がある。過労死ライン(月80時間)を大幅に上回る数字だ。妻は「夫は真面目で責任感が強かった。一人で抱え込み何とかしようとしていたのではないか」と推し量る。
 警部補は妻に対し生前、「命に代えられるものは何一つない。仕事や学校が苦しければ変えればいい」と語っていたという。妻はだから、夫が自ら命を絶つとは考えられなかった。夫が極度の過労、パワハラ行為で正常さを失っていたのではないかと思う。
 「もっと係長(警部補)の様子の変化に気付かなければいけなかった。自分たちにも何かできることがあったのではないか」。妻は、部下の一人からこう打ち明けられた。「みなさん忙しい中で精一杯だったんでしょうから」。部下たちもそれぞれ業務に追われ、信頼する上司の「パワハラ被害」を見聞きしたことを思うと、妻はいたたまれない気持ちになった。
 どうすれば夫の死を防ぐことができたのだろう。妻は「『大丈夫?』とか『無理しないでね』ではなく、もっと他の言葉を掛けてあげれば良かったかもしれない。課長に叱責され傷ついた自尊心を修復できるような言葉を」と言った。
 夫を失った後も、日常は続いていく。悲しみに暮れてばかりもいられない。ただ毎週末、夫に会いに行く車内で流していた音楽を聴くと今も涙がこぼれる。「時間を戻せるなら」。やりきれない思いで胸がふさぐ時もある。
 公務災害認定請求の結果がいつ出るのか、見通しは立っていない。


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