江口寿史「ストップ!! ひばりくん!」ファンを魅了し続ける無敵のギャグ漫画 1981年 10月5日 江口寿史の漫画「ストップ!! ひばりくん!」の連載が週刊少年ジャンプで始まった日

拝啓、ひばりくん… 大空ひばりへ40年目のファンレター

拝啓、ひばりくん

やわらかな春風が心地よく、君と同じ名前の小鳥たちが姿を見せる季節となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。僕たちが最初に出会ってからもう 40年の歳月が経とうとしています。あの頃、高校生だった君は今何をしているのだろう。

突然、ここで “ひばりくん” とだけ言っても、君のことを忘れてしまっている人もいるかもしれないから、少しばかり君と僕が出会った昔のことから書いていこうと思う。

あれは、1981年、関東極道連盟・関東大空組の客間での出来事だった。

母親が死んで身寄りのなかった耕作君が、若い頃、母の友人だったというオジサンを頼って九州から新幹線で上京、辿りついた場所はけしてフツーの家ではなくて―― 実にわやくちゃな、ゴリゴリのヤクザ一家だったんだ!(ぎっくう!)

「おかえりなさいやし! おかえんなさいやし!!」

強面の組員ひしめく伝統的な日本家屋。その客間に一人通され、耕作君が逃げ出そうかと迷っていた時、襖を開けて悪戯っぽい笑顔を見せてくれたのが君だった。

週刊少年ジャンプで連載開始「ストップ!! ひばりくん!」

そして、すぐに思ったよ。なんてかわいい女の子なんだろうって。週刊少年ジャンプを手に僕はドキドキしながらページをめくり、出会って一瞬で君に心を奪われてしまった。でも、それもこれもすべて作者が周到に張り巡らせた罠だったとは、さすがにこの時は気が付かなかったよ。江口寿史先生は後にこう語っている。

「マンガってね、子供のやわらかい頭をかき回すもんだっていうのがあって、頭のやわらかいところを刺激したり、ちょっとヘンな気持ちにさせたり―― そういうのがクリエイティヴの根を作るんじゃないかな」

こうして僕はこれから起こることを作者から一切知らされないまま、一瞬客間で見かけた美少女である君と再び顔を合わせることになった。

ヤクザの親分であり君の父親であるオジサンは夕食の席で、長女でイラストレーターのつぐみさん、次女で高校3年生のつばめさん、末娘で小学生のすずめちゃんを紹介してくれた。そこで最後に現われたのが耕作君と同い年(高1)の君だった。美人姉妹に囲まれ耕作君はオジサンに確かこう言った。

「女の子ばっかしのきょうだいってのは、はなやかでいいですねーっ… はは」

それをオジサンは引きつった顔で返した。

「あれは男だ。長男のひばりだよ!」 「う、うそ!! あっ、あれが男!?」

耕作君も僕もそれを簡単に信じることはできなかった。彼が感じた想いはそのまま僕に伝染した。こうして漫画にも登場する “先ちゃん” こと江口先生の罠にまんまとハマり、頭の中をぐるんぐるんとかき回されてしまったのだ。

80sを体現、忌野清志郎、一風堂、タワレコ、佐野元春、松任谷由実

そう、そして、ひばりくん、君はただかわいいだけじゃなかったよ。どんなときもかっこいい女の子だった!(いや、男か…)

たしか、君が高校の学園祭でバンドを組んだ時、一風堂の「ブラウン管の告白」を歌っていたよね。女の子にしか見えない男の子が歌ってるなんてハマりすぎだよ、実際…

 話しかけても君には  愛の言葉もうわの空

 Under the moonlight  波に揺られ  二人の夢を僕だけで  ささやくパントマイム

君の歌う声を感じたくて、僕は随分長い間この曲を探し回ってしまったよ。なぜなら君が清志郎ファッションで登場したものだから、RCサクセションから一風堂に辿り着くのには本当に苦労した。ネットなんか無い時代。知らない曲の歌詞を音も知らずに探すのは簡単なことじゃなかったんだから――

そうそう、君がタワレコの袋を抱えて渋谷を歩く姿も印象に残ってるよ。街角で流れてたのは佐野元春の「Happy Man」。PARCOの壁一面に描かれたユーミンのアルバム『パール・ピアス』のジャケットも最高にクールだった。クールミントだけにさ(ぷぷっ)。

あと、耕作君の夢を通してひばりくんの艶姿を何度も見たよ。「耕作… ぼくね、ほんとはね…女の子なの」って言いながら君が迫ってきたときは驚いて、「げひ!!」って声が思わず出たよ。

江口寿史の最高傑作、時代に愛されたキャラクター

そういえば、『すすめ!! パイレーツ』でも、すでに “性の取り違え” というネタは使われていたよね。それは弱小プロ野球チーム・千葉パイレーツに入団した美少年が実は美少女だったという話だけれど、ひばりくんとは比べるまでもなかったよ。君が時代に愛されていたということも多分にあったんだろうね――

連載が始まった 1981年当時は角川映画『蔵の中』でヒロインを演じた松原留美子がニューハーフを名乗ってデビューした年でもあったから「男に生まれてきてしまったけれど、心は女の子」っていうリアルは現実に可視化されていたんだよね。あと、ひばりくんが『セーラー服と機関銃』を真似てマシンガンをぶっ放したときは、ホント凛々しかったなぁ(かーいかん!)。

寝惚けたひばりくんがネグリジェ1枚で耕作君の布団に潜り込んできたり、それをオジサンが見て心臓発作を起こしてしまったり… そんなラブコメブームの斜め上を行くドタバタギャグと最先端の音楽やファッション。しかも江口先生がひばりくんをかわいく描けば描くほど、ギャグが輝いて面白くなってしまうんだから、まさに無敵… 僕たちは先が見えない螺旋階段を延々と駆け昇っていった――

そう、ずっとひばりくんの背中を追って、物語の行き着く先もわからずにずっと走っていたよ(ホントの君は男の子なのにさ…)。

音楽もファッションも完璧、男の娘の原点・大空ひばりという生き方

印象に残っていることはまだまだあるよ。扉絵のイラストもよく覚えてる。

ロック少女の佇まい―― ギターのエッジにかけられたひばりくんの細い指先。片目だけ隠したイカしたバンダナ。

サラサラと流れるストレートヘア。当時最新だったホンダのスリーター(三輪スクーター)に跨ってオリーブ少女風を気取ってみたり――

生き方もファッションも君は最初から最後まですべてが完璧だった。大空のオジサンにいくら変態となじられようとも性差をいとも簡単に越えていく君の美しさと純粋な恋心には胸を打たれた。それも今思えば当然の帰結だったのかもしれないね。

江口寿史のイラストレーション “かわいい” は、ひばりくんから始まった

ところで話は変わるけど、この手紙が届くであろう今日3月29日は、先ちゃん先生の誕生日だ(めでたいっ)。

江口先生は1956年、耕作君と同じ熊本生まれ。小学6年から『あしたのジョー』に夢中の少年期を過ごしてる。ひばりくんにジョーのパロディが多かったのはそういう訳だったんだね。そういえば、丹下段平似のボクシング部コーチが出てきたり、奥義「ちばてつや眼!!」なんてギャグもあった。

高校からは音楽に目覚めバンドを組んでいたそうだけど、演奏していたのは当時流行っていた吉田拓郎や井上陽水のナンバー(おっと、王道だねっ!)。

漫画家になりカセットバンクを手に入れてからは、仕事中はトンプソン・ツインズとかニューウェイヴをずっとかけっぱなし。何しろ午前2時とかでもガンガンかけまくっていたっていうんだから。近所から文句が来たってエピソードにはホント腹を抱えて笑った―― 好きな曲を聴くと筆が乗るタイプ、先ちゃんが描く女の子がまるで生きているかのようにかわいい理由が分かったような気がしたよ。

先日から始まった女性画約400点を集めた『江口寿史イラストレーション展 彼女~世界の誰にも描けない君の絵を描いている』でも先ちゃんは大活躍だった。初日(2021年3月13日)からのライブペインティングイベントでは繊細かつ大胆な筆遣いで、またまた超絶かわいい美少女をこの世に生み落としてしまったみたいだよ。ひばりくんから始まった “かわいい” が今も僕たちを魅了してる。

最後に…

ひばりくん、僕の中で紡がれる君との物語は今もずっと続いているよ。二人の物語にエンディングはいらない。                                  敬具

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