国の未来を背負う子どもたちのために、大人たちができること

人気サイエンス・ライターの竹内薫先生が校長を務める の、一年の集大成である学習発表会「ラーニング・フェス2021」が開催されました。そこで感じた子どものための未来とはーー。

年度末の学習発表会「ラーニング・フェス2021」

YES International Schoolも年度末の学習発表会(ラーニング・フェス)の季節。今年は新型コロナの緊急事態宣言中の3月19日に開催したため、出し物はすべて事前に録画してZoomで流す、という異例の方式となりました。

そもそも探究型の学習形態は、教科書やテストのような暗記型と異なり、年度末のラーニング・フェスが到達目標であり、生徒の腕の見せどころ。日頃、生徒たちの学習の進展が目に見えず不安を抱えている保護者のみなさんに「生徒たちは探究型学習でこんなに成長しました!」という姿をご覧に入れるチャンスなんです。

暗記学習と探究学習のちがいについて、この連載でも何度か触れてきたと思うのですが、改めて書いておきたいと思います。

現代の暗記学習は、もともとプロイセン国がナポレオン戦争で負けたことに起因します。現場の兵士の学力にばらつきがあったプロイセンは、作戦がうまく実行できずに負けたのだと自己分析し、兵士の学力を均一にするための教育改革を断行しました。

あらかじめ「学ぶべきこと」を経験豊富な人が取捨選択し、それを教科書にまとめ、その中身をきとんと憶えたかどうかをテストする。最も効率がよいのは、学年を分け、科目を分け、易しいことから徐々に難しいことへと学びを進めていく方法。また、一度に大勢の兵士を教育したほうが効率がよい。

このプロイセン・メソッドは、兵士の教育を超えて、世界中へ広まりました。なにしろ、産業革命の働き手の養成にぴったりだったからです。工場での大量生産においては、仕事の指示をきとんと理解してこなすことのできる、均一な学力をもった社員が必要ですよね。

日本の場合、プロイセン・メソッドを明治政府が取り入れて以来、おそらく中国から大昔に輸入した科挙の制度と融合し、より先鋭化した受験制度ができあがり、いつのまにか、幼稚園や小学校低学年から塾に行かないと社会で生き残れない、というお受験神話が生まれるようになりました。

暗記学習の終焉

さて、効率よく、必要なことを覚えるプロイセン・ジャパン・メソッドですが、いま、終焉のときを迎えています。第四次産業革命では、効率よく、必要なことを覚えるのは、人間ではなく人工知能(AI)の役割になるからです。

すでにスーパーのレジや会計計算など、さまざまな分野で業務の自動化が始まっています。会計計算をすべてAIがやるところまでは来ていませんが、いわゆるRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の浸透により、それまで人間がやっていた事務作業の多くをコンピュータが担うようになってきています。RPA化の先にあるのがAI化であり、この大きなうねりは止めることができません。

一言でいえば、人間のパターン化された頭脳労働は、人間より効率のよいロボット・人工知能が受けもつようになるのです。では、人間はどうすればいいのか。

私は人間が生き残るためには、おおまかに2つの選択肢があると考えています。1つ目は、これからどんどん成長するAI・ロボット産業に身を投じること。そのためには、当然のことながら、プログラミング技能に秀でていなければなりません。プログラミングだけではだめで、その基礎となる数学技能も人並み外れていなければなりません。数学好き、パソコン好きの子どもには、この明るい選択肢が待っています。

でも、すべての子どもが数学好き、パソコン好き、というわけではありません。芸術系、体育系、文学系の子どもも大勢います。

心配する必要はありません。現在のAIには「心」がありません。AI開発者がAIに心を持たせようにも、そもそも人間や動物の心のメカニズムが解明されていないため、不可能なのです。ですから、「心」を大切にする職業は、第四次産業革命が進んでも、人間が受けもつことになります。

プログラミングと心の仕事。まったく異なるように見える職業分野ですが、実は大きな共通点があります。両方とも、暗記型の教育では、だめだということ。AI開発をする際も、パターン化されたプログラムはAIが受けもつようになります。ですから、教科書を暗記しても意味がないのです。

では、第四次産業革命で生き残るためには、どうすればいいのでしょう?それは「好きなことに打ち込み、自ら考え、判断する能力」です。これまでは、嫌いな科目の公式やパターンを暗記して試験を乗り切っていた人も、好きなことにのめり込み、他人の指示を待つのではなく自ら考え、判断して生きていく時代が到来しつつあるのです。となると、子どもの頃から、「探究型」の学習をする必要があり、すでに先進諸国では、暗記から探究へという大きな教育改革の流れが進行中です。

サイエンス作家である私は、世界中のノーベル賞受賞者を初めとした科学者たちとの交流の中で、日本の教育がプロイセン・ジャパン・メソッドから抜けきれていない現状に危機感を募らせてきました。ですから、5年前にYES International Schoolを設立したのです。

YES International School一年の集大成

ラーニング・フェスに話を戻しましょう。

教科書もない、テストも(あまり)ない。そんな状態で保護者が不安に思うのはあたりまえです。我が子は、学校で一つのことを探究しているというが、そんなことで、将来、社会で生きるための基本技能はきとんと身につくのだろうか。

読み書きそろばんが、(日本語と英語の)読み書きプログラミングに変わっただけではありません。網羅的に広く浅く知識を暗記するのではなく、一つのとっかかりから始めて、自分で調べて考えて計算して、まさに生きる力をつけてもらう。

何を学ぶかではなく、どう学ぶかが大切。学ぶプロセスそのものを習慣にすることで、子どもたちが社会に出てから、常に自分で工夫して人生を切り開くことができるようになる。それこそが、YESの教育目標です。

その一年の集大成が、生徒自らが企画した展示であり、動画なわけです。といっても、生徒が各先生に「いつ動画を撮るか、なにか展示物はあるか」と聞いて回り、徐々に作り上げていく形なので、ラーニング・フェスの当日になって、さまざまな不備が露見したりします。

舞台上でのダンスや楽器演奏、演劇などがリアルで披露できないので、事前に録画したものを簡単に編集し、Zoomで配信し、録画と録画の間は4名の上級生たちが学校の教室から「実況中継」をしました。

途中、「校長あいさつ」が入る予定だったようですが、なんと、私には、まったく情報が入っていなかったのです! 台本ももらっていないし、そもそも、学校の教室で待機すべきなのか、自宅でZoomでつなげばいいのかもわかりません。

ラーニング・フェス開始1時間前まで待って、ようやく、私は打ち合わせに夢中な彼らにこう告げました。

「あのう、ギリギリなんだけど、誰も出演者の私に指示を出してくれていませんけど?」

一瞬、4名の動きが止まり、場が凍りつきました。みんな、自分以外の生徒の顔を見ていました。驚くべきことに、私に連絡をするのが誰か決まっておらず、みんな、自分以外の誰かが校長に段取りを伝えていると思い込んでいたのです。いやはや。

約1時間半のZoom配信も終わりに近づき、校長あいさつのところまで来ました。私は、保護者のみなさんにあいさつする直前に、4名のうちの2名にいきなりルービック・キューブを渡して、「Ready, set, go!」と叫びました。ヨーイドンでルービック・キューブを解いてもらうことにしたのです。

そして、私が、ラーニング・フェスを企画した生徒たちをねぎらい、あいさつをしている間に、2名ともルービック・キューブを完成させることができました。

最後の最後に、私の算数プログラミングの授業でやったことを披露してもらったわけです。社会に出てからも人生はハプニングの連続です。生放送の最中の無茶振りのようなことだってあるでしょう。でも、探究を続けていれば、何も怖がることはありません。失敗をくりかえしながらも、工夫に工夫を重ね、力強く生きていかれるにちがいありません。

国の未来を背負う子どもたちのために

今回でこの連載は最終回となります。長い間、おつきあいくださり、ありがとうございました。

日本は、第四次産業革命後の世界で生きる力を養う教育に転換できていません。国の未来を背負うのは、いまの子どもたちなのに、日本は、未来への投資ができていないのです。でも、この連載を読んでくださった読者の一人ひとりが問題意識を共有し、考え、少しずつ行動することで、日本は必ず世界に追いついてくれると信じています。

それではまた、どこかでお目にかかりましょう!

これまでの【竹内薫のトライリンガル教育】は

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