中村哲さん、今こそ「希望の灯に」 撮影20年のカメラマン、ドキュメンタリーに込めた思い

 福岡市の非政府組織(NGO)「ペシャワール会」の現地代表としてアフガニスタンで活動中に殺害された医師中村哲さんの半生をたどったドキュメンタリーDVD「荒野に希望の灯をともす」がこのほど完成した。撮影・監督を務めたのは20年以上にわたって中村さんを撮り続けた日本電波ニュース社の谷津賢二さん(59)。取材時のエピソードや、作品に込めた思いを聞いた。(共同通信=山上高弘)

ドキュメンタリーDVD「荒野に希望の灯をともす」の一場面。アフガン人と笑顔の中村哲さん

 中村さんは長年、アフガンやパキスタンの国境付近で貧困層への医療支援に尽力してきた。2000年にアフガンが干ばつに見舞われてからは用水路を建設し、農地の復興や拡大を推進。現地に根差して活動を率いてきたが、19年12月4日にアフガン東部ナンガルハル州で武装集団に銃撃され、73歳で命を落とした。

 

 ▽医療キャラバンに同行

 「他人を愛し、正しく生きた『仁と義の人』だった」。谷津さんは中村さんをそう表現する。

 ドキュメンタリーなどを制作する日本電波ニュース社のカメラマンとして1998年から中村さんの取材を重ね、アフガンへは20回以上渡航。記録した映像は国内外で放送され、干ばつにあえぐ同国の惨状や用水路建設に奮闘する中村さんの姿を多くの人に伝えた。

 初取材は3800メートルの高地にある無医村地帯への巡回診療。険しい道中で中村さんは黙ったまま、自分の世界に閉じこもるかのようにイヤホンで音楽を聴いていた。半眼でどこか眠たそうに馬の背に揺られ、目的地に着いても人っ子一人いない。中村さんは「焦らず待ちましょう」と昼寝を始めた。

 重い機材を担ぎ、意気込んでやってきた谷津さんは「これでドキュメンタリーが作れるのか」と思わず心配になったが、それは杞憂(きゆう)に終わる。しばらくして山の民がどこからか集まりだし、その数は瞬く間に100人近くに上った。中村さんの眼光は鋭くなり、口元がぎゅっと結ばれた。

 中村さんは患者と丁寧に向き合い、親身になって生活相談にまで乗った。重症患者には、ヘッドランプで照らして簡易テントで緊急手術もこなした。診療を終え、返礼の印に出された1杯のお茶に、「あーおいしい」と表情を緩める。その光景を目の当たりにし、「珠玉の名画を見ているようだ」と、その魅力に引き込まれていった。

アフガニスタンで中村哲さん(右)と写真に納まる谷津賢二さん(上)

 ▽真のリーダー

 2010年に大洪水の被害を取材した際、中村さんの側近のアフガン人からあるエピソードを聞いた。発生時、村の被災を阻止するため、中村さんは用水路の取水口近くの堤を壊そうと、増水した川に重機で入ろうとした。周囲の人は止めたが「今役に立たなくてどうするんだ」「アフガンのためなら僕は死んでもいい」と言って立ち向かったという。

ドキュメンタリーDVD「荒野に希望の灯をともす」の一場面。用水路建設のため作業する中村哲さん

 自らの行動で村が難を逃れたことを、中村さんは知らぬふりをしていたといい、「武勇伝は決して語らない。行動で信頼を得てきた真のリーダーだと思った。カメラには写らないが、現地の人との信頼の糸がいつもそこにあった」と振り返る。

 ▽三女の幸さんが協力

 今回制作したDVDは約1時間半で、主に谷津さんが記録した1000時間に及ぶ映像を基に編集。1984年にパキスタン北西部ペシャワルの病院へ赴任してから、アフガンに拠点を移し、用水路建設を通して砂漠が緑あふれる大地に生まれ変わるまでの35年の活動を紹介している。俳優の石橋蓮司さんが、著書などに残された中村さんの言葉を朗読した。

中村哲さんの半生をたどったドキュメンタリーDVD「荒野に希望の灯をともす」

 こだわったのが作品中の音楽だ。「現地の音を感じてほしい」と付ける音楽は最小限にしたが、要所で中村さんが好きだったモーツァルトの楽曲を加えたいと考えた。中村さんとよく音楽の話題で盛り上がったという三女でピアノ講師の幸さんに意見を聞くと、幸さんは「父が一番好きだった曲は分からないが、これは好きだと思います」と、賛美歌「アベ・ベルム・コルプス」を挙げた。

 「一度聴いてみて、すぐにこれにしようと思った」と谷津さん。幸さんが実際にピアノ演奏した音源を収録させてもらい、「優しさの中に力強さを感じさせる音色は、まさに中村先生のようだった」と語る。

 幸さんは収録前、中村さんの写真を目の前に置いて練習に臨んだ。曲の暗い箇所は中村さんが用水路建設に向かって苦闘する姿を、明るい箇所は用水路が完成した際の現地の人の喜びや砂漠が緑に生まれ変わった様子を思い浮かべ、「父に届ける思いで弾いた」という。

ドキュメンタリーDVD「荒野に希望の灯をともす」の監督を務めた谷津賢二さん

 谷津さんは「中村先生のインタビューを聞くと励まされるし、心に届く。新型コロナウイルスや政治家への不信など、暗いニュースが多い今だからこそ、人としての本来のあり方を貫いた先生の言葉や行動から、希望の灯を見いだしてほしい」と話している。

 DVDは2970円で販売。購入方法はペシャワール会のホームページhttp://www.peshawar-pms.com/index_book.html)を参照。問い合わせは同会、電話092(731)2372まで。

© 一般社団法人共同通信社