競泳日本選手権で目玉の一人になる男子平泳ぎの佐藤翔馬(東京SC、慶大)。急成長の新星に注目するのが、2012年ロンドン五輪男子200メートル平泳ぎ銅メダリストの立石諒氏(31)だ。神奈川・湘南工大付高から慶大に進み、現役引退後は実業家に転身。競技普及活動にも携わる。同じ種目で五輪舞台を目指す後輩の泳ぎを、独自の視点で解説してもらった。
◆力強いマグロ、体重移動うまい
例えるなら、大海原を泳ぐ魚-。
「推進力でいえば、僕は中型の魚。細めで旋回したり素早い動きは得意。でも、佐藤選手の場合はもうマグロですよ。めちゃくちゃ力強い」。立石氏は現役時代の自らの泳ぎと比べ、分かりやすく表現した。
ロンドン五輪男子200メートル平泳ぎ決勝で、大エース北島康介氏をラスト5メートルでかわす力泳で銅メダルを獲得した。最初の100メートルは力を温存しながら入り、爆発的なペースアップで差す後半追い込み型。そのスタイルは佐藤にも通じる。
決定的に異なるのは泳ぎのメカニズムだ。佐藤の速さの秘訣(ひけつ)について立石氏はまず、「体重移動のうまさ」を挙げる。自身を含め、トップスイマーの多くは水の抵抗を避けるために、水面に顔を出す息継ぎ時はできるだけ体の上下動を最小限にとどめる。
「だけど佐藤選手は(息継ぎで)ぱかっと体が水面から浮き上がる。そこから体重移動して、前に体重をかけて水の上を滑っていくみたいな。それがすごくうまい」
◆驚異の脚力
もう一つは脚力。平泳ぎは浅く、細かくキックを繰り返す「浅蹴り」がセオリーだが、鍛え上げられた太ももが目を引く佐藤は違う。息継ぎで勢いよく体を起こす反動で両脚を大きく引き、力強く水を押し出す。まさに弓矢の弦をめいっぱい引いたような状態だ。
「平泳ぎは(脚が)2本に分かれる。そこから思い切り蹴っていくのは脚力が必要。実は日本人で強くキックを蹴れる選手は少ない」という。
例外を挙げるなら、アテネ、北京五輪で100メートル、200メートル平泳ぎを制した北島氏といい、「(佐藤の)脚力は康介さんに匹敵する」とも。体重移動とキックの出力が高次元で融合し、驚異的なスピードを生んでいる。
世界歴代4位の2分6秒74で制した2月のジャパン・オープン200メートル平泳ぎ決勝。佐藤は前半からあえて突っ込み、150メートルターン時まで世界記録を0秒60上回った。ラスト50メートルで失速するも、新たなチャレンジで世界新誕生を予感させた。
◆底知れぬ潜在能力
立石氏は佐藤を「アスリートで初めて会ったタイプ」と評す。どんなに有名になろうと自然体で振る舞い、おごり高ぶる様子もない。「プライドで反発することもなく、人の言葉に耳を傾ける」真っすぐな性格が20歳の実力を引き出している。
まだ粗削りではあるが「どんな選手でも壁はあるが、タイム的にまだ天井を感じていないのでは」と底知れぬ潜在能力に期待してやまない。
日本記録保持者の渡辺一平(トヨタ自動車)とのライバル対決にも視線が集まる。立石氏は「どう転んでもこの2人が突破する。もしかしたら世界記録か日本記録が出るかもしれない」。世界レベルの頂上決戦で、どんなドラマが生まれるか。