鉄道工学のナショナルセンター目指す 「日大鉄道工学リサーチ・センター」が国際ワークショップ

A社からのデータを解析してB社に応用する。綱島教授が発表したモニタリング・センターのイメージ。

今回は大学による鉄道の技術開発を取り上げます。スピードアップや安全性向上、業務効率化といった数多くのテーマを抱える鉄道の技術開発には鉄道事業者のほか、メーカーや研究機関が取り組みます。その中で、直接の研究開発に加え、次世代を支える人材育成を受け持つのが大学や大学院の鉄道系の研究室です。

鉄道が世界有数のレベルに発達する日本ですが、意外なことに「鉄道」を冠した大学の学部や学科はありません。こうした現状に風穴を開けようと、2017年に設立されたのが日本大学の「鉄道工学リサーチ・センター」で、鉄道全分野を統合した研究拠点の形成を目指します。本稿前半は大学の研究体制とリサーチ・センターの立ち位置、後半は2021年3月22日に同センターが台湾の国立台湾大学と共催してオンライン開催された、先進的鉄道技術をめぐる国際ワークショップ(研究発表会)を紹介しましょう。

事業者が技術開発を主導する日本の鉄道業界

鉄道業界は日々、新技術のニュースが駆けめぐりますが、その多くは鉄道事業者による発表です。日本は国(戦前は鉄道院・鉄道省。戦後は国鉄)が業界の頂点に立ち、技術開発を主導するピラミッド型の構図が1世紀以上も続きました。国鉄が、鉄道技術研究所(技研。現在の鉄道総合技術研究所〈鉄道総研〉の前身)という自前の研究機関を持っていたこともあり、民間や大学による研究は国鉄に追随する形で進みました。

JRグループや大手私鉄に限れば、現在も続くピラミッド型の開発体制に特段の不都合はありませんが、目を中小・地方鉄道に転じれば、課題が浮かび上がります。厳しい経営環境に置かれる地方鉄道は、自前で技術開発する余力のない場合がほとんど。公的な性格を持つ、シンクタンクのような機関に必要な技術を集めて研究する、業界全体で技術力を維持・強化する取り組みが求められます。

事業者主導の技術開発は、技術輸出のネックになる可能性もあります。海外技術展開では、日本への国際的評価が必ずしも高くない理由として、情報発信力の弱さが指摘されます。バロメーターといえるのが鉄道学会誌への論文掲載数で、中国の論文数は日本の3~4倍。論文が中国の存在感を高めます。日本が発注先に選ばれない理由は、〝中国マネー〟だけではありません。

ありそうで、実はない「日本鉄道学会」

鉄道技術は主に土木(施設)、機械(車両、運転)、電気(電力、信号・通信)の3分野に分かれ、それぞれ土木学会、日本機械学会、電気学会と学会があって、鉄道関係の研究も活発に行われます。最近は、建築や都市計画分野の学会でも鉄道が取り上げられる機会が増えていますが、全体を統括する「日本鉄道学会」のような学会はありません。

学部・学科単位では、「富山大学都市デザイン学部都市・交通デザイン学科」などがあり、鉄道業界に数多くの人材を送り出す大学・大学院はあるものの、鉄道を名乗る学部や学科は存在しないのが実態です。

鉄道街づくりから地方・中小鉄道へのアドバイスまで

こうした現状を問題視した日大が4年前、千葉県習志野市の生産工学部に立ち上げたのが「鉄道工学リサーチ・センター」。日本の鉄道工学のナショナルセンターを目指します。将来的に日本鉄道学会のような学会の創設を考えますが、最初のステップとしてリサーチ・センターを創設しました。

センターはミッションに、①日大の関係学部での鉄道研究の活性化、②事業者や自治体からの鉄道技術関連の相談・共同研究の窓口、③鉄道を核とした地域街づくりへの貢献、④国内の地方・中小鉄道へのアドバイス、⑤アジアの大学への鉄道技術教育支援――の5項目を掲げます。

先例になるのが、2010年に活動を始めた同じ生産工学部の「自動車工学リサーチ・センター」。国内外の大学や研究機関、自動車メーカーなどと連携しながら、エンジン・燃焼、自動運転、環境負荷軽減といった分野の研究で成果を挙げます。

初めての国際ワークショップ

オンラインで研究室から発表する綱島教授。日本鉄道賞の選考委員を務めるなど、日本を代表する鉄道有識者の1人です。

鉄道工学リサーチ・センターは、年1~2回のペースで研究報告会やシンポジウムを開催してきましたが、今回は初めての国際ワークショップを主催。日本側4人、台湾側3人の研究者が成果報告しました。日台2人ずつの発表内容を紹介します。

リサーチ・センター長を務める日大生産工学部の綱島均教授が、ライフワークの形で取り組むのがモニタリング、業界用語では状態(常態)監視です。鉄道は専門の検測車で線路状態をチェックするのが一般的な手法ですが、もっと簡易に、日常的に監視できないかと考えたのが研究のきっかけ。営業列車にセンサーを取り付け、車両の揺れや走行音を収集します。振動や異音から、線路や車両トラブルの兆候を見付け出します。

モニタリングによるデータ収集イメージ。センサーは車体のほか、台車と車輪の軸受けに取り付けます。

綱島教授は、人間の健康管理に例えて「検測車による検査を人間ドックとすれば、状態監視は血圧計や体重計による日常的な健康管理」と説明します。研究当初、人手確保が難しい地方・中小鉄道への普及を見込みましたが、実際には有効性を認めた多くの鉄道事業者が採用。新鋭車両でいえば、JR山手線のE235系電車や東海道新幹線のN700Sも状態監視を採用しています。

「地方鉄道の状態監視」と題した発表で、綱島教授はデータの収集・解析方法を説明。地方鉄道向けにはリサーチ・センターがモニタリング・センターとなって収集データを軌道管理会社(保線会社)に提供するとともに、業界全体でデータベース化して安全性向上につなげる構想を披露しました。

〝運転席ビデオ〟で安全を守る

廖台湾国立大教授のビデオ軌道監視システムのイメージ。画像は日本の愛知高速交通の磁気浮上式新交通システム・Linimoです。

前章に書き忘れましたが、台湾との国際ワークショップのテーマは「鉄道ビッグデータの活用」で、国立台湾大の廖慶隆教授は「ビデオによる軌道状態監視」を報告しました。鉄道ファンも興味を持つ〝先頭車ビデオ〟で軌道の異常を発見する手法で、営業列車の運転席から前方の線路を撮影します。図のようにメッシュで画像解析して、線路の変状をチェックする仕組みです。

特徴は画像分析が短時間で済む点。廖教授によると、3時間以内でのデータ解析が可能だそうです。一般の鉄道以外への応用も可能で、ワークショップでは新交通システムの事例を紹介しました。さらに、カメラ4台の映像を重ね合わせて軌道の変状を発見する手法も披露しました。

両教授の報告は、綱島教授はセンサー、廖教授はビデオ画像とアプローチの方法は異なりますが、軌道の異常を間接的に発見する考え方が共通します。お2人の手法を組み合わせれば、相乗効果も期待できるはずで、高い精度でトラブルの芽を摘み取って安全性向上を図る。日台双方の報告に、大きな可能性を感じました。

台湾からの中継。大学の会議室と思われる会場で参加者が日本からの発表を聴講します。

乗り上がり脱線のメカニズム

松本最高顧問が公開した、交通研の実験装置を使った乗り上がり脱線のメカニズム画像。

日本側からはもう1人、松本陽鉄道工学リサーチ・センター最高顧問・上席研究員の研究報告が注目を集めました。松本最高顧問は交通安全環境研究所(交通研)から、国の運輸安全委員会に転じて鉄道部会長を務め、退官後は大学で研究を継続します。専門は脱線メカニズムの解明で、交通研の実験装置で撮影した映像を見せながら、車輪のフランジ(つばの部分)がレールに上がる乗り上がる脱線のメカニズムを説明しました。

台湾の民間からは、サイノテック・エンジニアリング・コンサルタンツの孫千山博士が、時間帯に応じた座席予約システムを提案しました。例えば、朝夕のラッシュ時は特急料金を高く、空いている早朝・夜間や昼夜間帯を安くすれば、ラッシュの混雑が緩和できます。ビッグデータのサービス・営業分野への応用と位置付けらます。

このほか鉄道工学リサーチ・センターからは、中村英夫名誉教授が信号システム、富井規雄総合技術研究所教授が鉄道ダイヤを説明。両教授はともに鉄道総研出身。富井教授は台湾国立大と長年にわたる交流があり、それが国際ワークショップのきっかけになりました。台湾側からは、国立台湾海洋大学の許維倫准教授の発表もありました。日大鉄道工学リサーチ・センターは引き続き、2021年11月に予定される7回目の「鉄道技術展」で、国際会議の開催を計画しています。

文:上里夏生
(写真はいずれも中継画面を筆者本人がキャプチャしたもの)

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