突然の“別れ”真実知りたい 入所施設でクラスター 父親亡くした男性の教訓

「父はなぜ亡くならねばならなかったのか。真実を知りたい」。遺族は施設に説明を求め続けている(写真はイメージ)

 佐世保市の高齢者福祉施設「長寿苑」で1~2月に発生した新型コロナウイルスのクラスター(感染者集団)。職員と利用者計51人が感染し、関係者によると複数の利用者が亡くなったとみられる。同市の50代男性は施設に入所していた父親=享年(88)=を失った。「父はなぜ命を落とさなければならなかったのか。その理由を知りたい」。突然の別れを今も受け入れられずにいる。

 男性の父親は昨春、同施設に入所。4人部屋で生活していた。もの静かで優しく、釣りが好きだった。部屋の外に出るのはリハビリの時ぐらい。施設の中が、父の世界のほぼすべてと言ってよかった。
 1月17日。長寿苑で最初の感染者が判明。父親の身を案じた男性はすぐに施設に電話した。「対策は大丈夫か。マスクは着用しているのでしょうか」。応対した相手の返事は予想外の内容だった。「マスクをしていない人もいます」。男性は驚いて市保健所に連絡し真偽を確かめた。担当職員は「施設側の対応は十分ではない」と言った。
 父親は高齢で持病もあった。万が一、新型コロナに感染すれば助かるのは厳しいだろう。家族はそう覚悟していた。施設側も混乱の渦中にあり、今となっては「誰がどういう電話対応をしたのか確認するのは難しい」(保健所)。ただ、施設と市保健所の説明で、遺族らの不安が増大していったのは事実だ。
 男性が恐れていたことが起きた。25日ごろ。父親が感染し、医療機関に入院した。2月4日、容体が急変。男性と弟は病院に急行し、駐車場で待機した。父親は辛うじて意識を取り戻したものの、病院側から提案されたのはリモートによる面会だった。
 病院の待合室。タブレット画面にベッドに横たわり、うつろな表情を浮かべた父親の顔が映し出された。傍らで看護師が「息子さんたちが来ていますよ」と声を掛けてくれた。「お~い、頑張れ」。兄弟は懸命に手を振った。わずか5~10分ほどの面会。それが最後の別れになった。
 翌5日午後。男性の弟に病院から「危篤」の知らせが入った。

◆ 納得いく説明を

入院先の病院へ向かう途中、父親が亡くなったことを知った。
 到着すると、男性と弟と母親の3人は、防護服とゴム手袋を身に着けさせられ、父親の遺体が安置された部屋に通された。「頭の中が真っ白になった。そこから先の記憶はあまりない」
 「ご遺体に触れないでください」。医師、看護師からそう告げられた。新型コロナウイルスに感染したことを知らない母親が、父親の亡きがらに手を伸ばそうとする。男性が慌ててそれを制した。「触ったらだめなんだって」。母親は漏らした。「あっけなかったね」。母親には今も感染の事実を伝えていない。
 男性は、父親の遺体に近付くのが怖かった。感染してしまうのではないか-。一歩引いた場所から父親の顔をのぞき込んだ。心の中でわびた。「おやじ、親不孝ですまん」。安らかな死に顔だったのが、せめてもの救いだった。
 遺体は病院から直接、火葬場に運ばれた。通夜はできなかった。火葬の際も、感染防止のため立ち会うことも、待合室で待機することもできず、火葬場から離れた場所に止めた車の中から父親を「見送った」。日は暮れて辺りはすっかり暗く、白煙は見えなかった。
 高齢の父親の面倒をみてくれた施設には感謝の気持ちもある。遺族は当初、施設でコロナが発生してしまったこと、父親がそれに感染し命を落としたことを責めるつもりはなかった。しかし、感染判明後の施設の対応には「どうしても納得がいかない」と男性は唇をかむ。
 男性によると、父親が入院した当日、「お父さまが入院しました」と電話が入って以降、連絡は一切なかった。施設がさまざまな対応に追われていたことは分かる。だが「自分の家族は大丈夫なのか」という不安を抱える利用者家族にとって、施設は経過報告をすべきではなかったか。
 父親が亡くなってしばらくたった後、施設から男性の弟のもとに、謝罪の手紙や香典、施設が実施してきた感染対策を記した文書が届いた。ただ、その内容は通り一遍のもので、遺族が最も知りたい疑問の答えはなかった。「どうして施設内で感染が拡大したのか。なぜ家族が亡くならねばならなかったのか」
 コロナ禍は収束と拡大を繰り返しながら、県内でも再び増加の兆しを見せている。「このままではおやじが浮かばれない。真実をきちんと説明してほしい」。遺族は今も施設側に説明を求め続けている。それが「教訓」になると信じて。

 


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