小児がん、院内学級…闘病の不安乗り越え「寄り添える医師」に 今春卒業の浦さん 新たな一歩

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卒業式後、笑顔で記念写真に納まる浦さん=3月25日、長崎市文教町の長崎大文教キャンパス

 多くの人が新たな一歩を踏み出す季節。この春、長崎大医学部を卒業した浦華子さん(25)=諫早市出身=は研修医としてスタートを切った。大病を克服し、たどり着いた医学の道。「技術だけではない、人の気持ちに寄り添える医師になりたい」。爽やかな笑顔で目標を語った。
 歯科医の父の影響もあり、幼いころから看護師など医療関係の仕事に「ぼんやり」と憧れを抱いていた。勉強も運動も好きだった少女を病魔が襲ったのは小学5年の冬。「成長痛」だと思っていた右脚の痛みが引かず、地元の病院で受診。すぐに長崎大学病院を紹介された。
 小児がんの一種だった。すぐに抗がん剤治療が始まり、手術もした。当時11歳。置かれた状況はよく分かっていなかった。「絶対に治るから」。信じたのは、優しく見守ってくれた医師や看護師、家族の言葉。1年半の入院生活に耐え、病気は治った。ただ、治療の影響で右脚には不自由さが残った。
 大学進学を前に、医学の道に進むかどうかを考えた時、真っ先に浮かんだのは入院中に机を並べた院内学級の友人だった。毎日、母親が付き添ってくれた自身とは違い、五島出身の彼女は週末しか家族と会えない。病気の不安に加え、寂しさも募らせていたはず-。
 「ただでさえ不安に押しつぶされそうな中、せめて彼女が感じたような寂しさだけでも取り除いてあげたい。そのためにも医師が増え、誰もがどこでも同じ医療を受けられるようになれば」。そう思った。それまで意識することはなかったが、苦しい闘病経験は「はっきり」と医師を志す理由の一つになっていた。
 大学では自身の病気についても学んだ。周囲が「絶対に治る」と言い続けてくれた病気の治療は、決して簡単なものではなかったと知った。たくさんの人のおかげで「今」があり、生きられたことは「奇跡」だと命の重みも感じた。
 実習では、治療してもらった医師と再会した。その医師は、生き生きと頑張る彼女の姿に「(うれしくて)涙が出そうだ」と喜び、応援してくれている。卒業式では医学部の成績優秀者3人に贈られる「ポンペ賞」を受けた。
 4月から佐世保市の病院で研修医として働き始めている。2年間で各科の経験を積み、将来的に進む分野を決めていく。もちろん小児科も有力候補の一つだ。「医師は病気を治すだけではない。その言葉は子どもの長い人生にも、それを支える家族にも、大きな影響を与えられる」。だからこそ、目指すのは「寄り添える医師」。自身の歩みを重ね、言葉に実感がこもった。