スーパーフォーミュラ第1戦で野尻智紀を完勝に導いた“粘りのあるオーバー”なセッティング

 桜咲く陽春の富士。スターティンググリッド前方には勢いある若者たちが並び、『スーパーフォーミュラ新学期』を感じさせた。予選2番手は、昨年終盤の鈴鹿で涙の初勝利を飾った22歳の大湯都史樹(TCS NAKAJIMA RACING)。病気療養中の牧野任祐の代役として、DOCOMO TEAM DANDELION RACINGの6号車を予選3番手に導いた笹原右京は24歳。

 以後、福住仁嶺(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)24歳、阪口晴南(P.MU/CERUMO・INGING)21歳、宮田莉朋(Kuo VANTELIN TEAM TOM’S)21歳、平川亮(carenex TEAM IMPUL)27歳、大津弘樹(Red Bull MUGEN Team Goh)26歳と、20代のドライバーたちが予選上位につけた。

 しかし『世代交代はまだまだ許さない』と、彼ら俊英の前に31歳の壁が立ちはだかった。野尻智紀(TEAM MUGEN)である。ポールポジション獲得の予選タイムは1分21秒173。2番手大湯にコンマ2秒以上の大差をつけた。

「全力で攻めきれたし手応えもありましたが、野尻さんのタイムはまったく見えませんでした」と大湯。それくらい、野尻の予選アタックは際立っていた。

 いくつかのコーナーではわずかにオーバーステアが見られたが、挙動は唐突でなく、余裕を感じさせるカウンターステアで対処。クルマはしっかりと前に進んでいた。野尻はその動きを「粘りのあるオーバー」と、野尻を担当するTEAM MUGENの一瀬俊浩エンジニアは「しっとり感のあるオーバー」と表現する。

「SF19はフロントのほうが荷重依存性が高く、たとえば100Rでダウンフォースをどんどん増やしていっても、途中からフロントのグリップが出なくなりまったく曲がらなくなります。だから、まず曲がるクルマを作っておいて、その上でしっとり感を出し『乗れるオーバー』になるように気をつけています」と、野尻とのコンビ3年目の一瀬エンジニアは言う。

 野尻は昨年の最終戦富士でもポールポジションを獲得したが、そのときすでにセッティングのひな形はできていた。

「野尻さんは基本的にオーバーを嫌うというか、リヤを求めるのですが『ある程度リヤが出るのはあきらめてね』と(笑)。昨年富士のセッティングをベースにブラッシュアップしたものを今回持ち込みました」と一瀬エンジニア。土曜日朝の走り始めから野尻は速く、「滑ってもクルマが前に出るし、粘りを感じる」と、言葉には余裕が感じられた。

 決勝ではクラッチのフィーリングが合わず、野尻はスタートで大湯の先行を許した。抜群のスタートを決めた大湯は、2周目には2番手野尻に対するリードを約2.4秒まで拡大。そのまま逃げ切るかと思われたが、周回を重ねるごとにリードはじわじわと目減り。そして10周目、野尻はダンロップコーナーでアウト側から鮮やかに大湯を抜き去った。

 スタートが成功したら義務であるタイヤ交換を最後ギリギリまで引っ張り、ライバルに先行を許した場合はミニマムの10周でピットインして交換義務を果たすというのが、事前にチームが決めていた作戦。その判断ギリギリのタイミングで野尻は大湯を捉え、ステイアウトを選んだ。

「大湯選手のクルマは少し厳しそうに見えました。リヤが滑るだけでなくフロントも逃げて大回りになるコーナーもあったので、チャンスはあるぞ」と野尻。実際、大湯はトップを走りながらも序盤から挙動に苦しんでいた。

2021スーパーフォーミュラ第1戦富士 決勝レースのスタートでは大湯が先頭で1コーナーに入っていく
2021スーパーフォーミュラ第1戦富士 野尻は10周目に大湯を捉えると、みるみるとその差を広げていった

■速さだけではなく強さも増した野尻。エンジニアとの信頼関係も後押しに

「タイヤの温度が上がるとダメで。何とか温度が上がらないように、スタートからタイヤをマネジメントしていたのですが、どうにもならなかったですね。野尻さんのクルマはすごく安定していたし、すべての操作に余裕が感じられました」と、大湯は2位表彰台を獲得したレース後に打ち明けた。

 今年ヨコハマが供給するソフトタイヤは、去年と同じものだという。しかし多くのドライバーは「何かが変わったように感じる。路面温度が25度を越えるとフィーリングが大きく変化しグリップ感がなくなる」と証言していた。

 内圧をしっかり合わせても温度が上がるとタイヤの表面だけが滑り、構造が動くことによる“粘り”が感じられなくなるのだという。開幕前の富士テストでも、路面温度が大きく変化すると各車のパワーバランスがガラッと変わり、その原因や理由をつかみきれていないチームが多かった。

 野尻もテストやフリー走行では同様のフィーリングを感じたというが、決勝では路面温度が比較的低かったこと、そしてセッティングの最適化により39周を走ってもタイヤのコンディションは大きく落ちなかった。

「リヤタイヤのデグラデーションが気になっていたので、とくにセクター3でのメカニカルグリップの出し方を少し変えました。それがうまく機能したようで、タイヤは外側から内側にかけてきれいに削れていました」と一瀬エンジニア。

 一方、野尻は「予選よりアンダーが少し強くなりましたが、それでも最後までステアバランスは良く、基本セットの良い部分は失われませんでした。一発のスピードが高いクルマは以前にもありましたけど、乗っていての安心感は過去一番でしたね。だから、途中で雨が降っても自信を持って走ることができました」という。

 野尻は最後まで安定した走りを続け、昨年11月のオートポリス以来となる優勝を獲得。速さもさることながら、それ以上に強さが光った1戦だった。過去、野尻は予選では抜群に速くとも決勝ではスピードを維持できず沈むレースが少なくなかった。しかし、2019年にTEAM MUGENに移籍して以降は、決勝での強さが確実に増している。

「もちろんさらに改善したい部分はありますが、クルマは完璧でした。一瀬は本当にいいエンジニアで。彼はドライビングを理解しているし、オンボード映像や、直線でウィービングするクルマを見るだけでもセッティングを推測することができるんです。また、一瀬を支えるふたりのデータエンジニアもとても優秀で、今回勝てたのはチームのみんなのおかげでもあります」

 次戦、鈴鹿について一瀬エンジニアは「富士とは全然違うし、テストではほかのチームのクルマが速かったので正直あまり自信はありません」というが、野尻は「一瀬ならどうにかしてくれるでしょう」と全幅の信頼を置く。

 若手の台頭と、それを許さぬベテランたちの矜持。今回予選下位に沈んだ王者山本尚貴にも復調の兆しが見られ、鈴鹿では、若手とベテランの対決構図がさらに明確になることだろう。

2021スーパーフォーミュラ第1戦富士 ほぼ完勝で開幕戦を制した野尻智紀(TEAM MUGEN)。悲願のタイトルも現実味を帯びてきた
2021スーパーフォーミュラ第1戦富士 惜しくも2位フィニッシュとなった大湯。先輩方への挑戦は激しさを増しそうだ

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