元ポーランド代表GKを抜いた緩いシュート 古橋が見せた新しい常識が日本の将来を変える

J1 仙台―神戸 前半、先制ゴールを決める神戸・古橋(左)=ユアスタ

 一度身に付いた習慣や思考というのは、そう簡単には変えられない。特に日本では、伝統や格式を大切にし、変化を好まず、新しいものを受け入れる際のハードルが高いと思う。それはスポーツの世界で、より顕著なのではないか。

 欧米では、指導者と選手は基本的に対等だ。日本では、武道から派生したものは言うに及ばず、多くの競技で「師匠と弟子」のような関係であることが多い。学校体育が関係するのかどうか、教える側が圧倒的に優位に立っていると感じる。そのために、選手が新しい手法を導入しようとしても、なかなか「師匠」の許しを得られない。

 幸いなことにサッカーの場合、Jリーグ発足当初から大御所と言われる日本人指導者も頭が柔軟だった。日本サッカーがプロ化され、ジーコをはじめとした世界の超一流選手が来日した。Jリーグの日本人監督や指導者たちは、世界を知る選手たちから新しい「常識」を積極的に取り入れようとした。

 ただ、そのような姿勢があっても、なかなか変わらないものがあった。シュートの際の正確性だ。それはキックの種類、ボールの強さなど、さまざまな要素が絡む。この技術については、「助っ人」と言われる外国出身選手にかなわなかった。ゴール枠にボールを飛ばせない日本選手を尻目に、技術的にあまり上手そうに見えない外国出身選手が結果的に点を取りまくっている。点を取れるから日本に呼ばれるわけだが、なんで日本選手は決定力が低いのだと嘆く期間が長かった。

 日本サッカーのそのような時代が、もうすぐ終わるかもしれない。4月3日のJ1第7節のベガルタ仙台とヴィッセル神戸の試合を見ていて、そう思わせられるすごいプレーがあった。前半15分の神戸の先制点のシーンだ。

 始まりはセンターサークル付近の神戸の守備からだった。仙台のFW西村拓真がコントロールしようとしたボールを、プレスバックした桜内渚が激しくチェック。こぼれたボールをサンペールがフォローした。次に前方に持ち出して、利き足ではない左足で35メートルの浮き球の縦パスを送った。ターゲットは古橋亨梧だった。

 ゴールを取るために必要な準備がすべてそろっていた。古橋のプレーは、そこからの過程をサッカー教本に載せたい、非の打ちどころのない技術の連続だった。オフサイドを避けるために、サンペールがキックする瞬間までDF2人の間を真横に移動した駆け引き。キックと同時にDFラインの裏に抜け出したスピード。さらに右足の吸い付くようなワンタッチのトラップでボールをコントロールすると、そのボールをシュートする左足の前方に置いた。ペナルティーエリア正面やや右から、あとはGKの位置を確認し、ゴールに送り込むだけだった。ボールタッチはわずか2回だ。

 「正直、外れたかなと思いましたけど良い形でカーブがかかってくれて、入って良かったです」。左足インサイドでこすられたボールは、グラウンダーだったからこそより曲がった。シュートを放ったのが、ペナルティーエリアのライン上だったからゴールまでは直線で15~16メートル。斜めだから20メートルぐらいだろう。その距離を緩いスピードのボールがゴール左隅に転がり込む。守るGKは、ポーランド代表キャップもあるJ屈指のシュートストッパー、スウォビィク。それを考えれば、あのスピードでもシュートが入ることが驚きだった。

 そのシーンを目にして、約半世紀前のことを思い出した。中学時代、チームメートがPKをGKに止められた。同僚は「ペレがPKはインサイドキックで蹴れと言ったと本に書いてあった。その通りにしたら(キックが弱すぎて)止められた」と言った。自分のミスをペレのせいにしていた。

 50年前でもペレを輩出したブラジルのシュートの「常識」は、インサイドキックに代表されるように正確性が優先されていた。ジーコも日本に来て「シュートはゴールへのパスだ」と事あるごとに言っていた。真意は、シュートはボールの「勢いよりも正確性」だ。そんな金言をブラジルのサッカーの王様や神様がアドバイスしてくれていた。それにも関わらず、近年まで日本の指導者はシュートに関しては昭和の習慣や思考から抜け出せなかった。指導現場では、長らくシュートの指導の際にこのような考えが優先されたのではないだろうか。GKの反応が間に合わないスピードのボールを蹴ればいいと。だから、意味もなくインステップで強振し、やたらとゴール上に外れるシュートが多かった。

 ゴール枠に入らなければ、得点になる可能性はゼロだ。この事実に日本人はそろそろ気づくべきだろう。大切なのはシュートの強さよりもコース。GKのセーブの届かない枠内にボールを送り込めば、結果としてゴールという歓喜の結末をもたらす。その意味で、仙台戦の古橋のゴールは、育成年代の選手にとって最高のお手本だ。50年前のブラジルの常識が、やっと日本にも根付き始めたか。いや、古橋の場合、イニエスタ師匠の影響が色濃いのだろう。まあ、ブラジルでもスペインでもいい。その常識が行き渡れば、日本の将来は明るいものとなるはずだ。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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