見えない企業価値の可視化でESG投資を呼び込む

右上から時計まわりに、松原氏、田原氏、柳氏、山﨑氏

企業経営の在り方は「なぜサステナビリティ経営が必要なのか」から、どのように実行するのかにフェーズが移って来た。実際のサステナビリティ経営に取り組むには、プレ財務情報の可視化と価値化が必要になる。それは社会の要望であり、ESG投資家へのアピールとなるからだ。サステナブル・ブランド国際会議2021横浜で、エーザイの柳良平CFO(最高財務責任者)は、日本企業にとってESGの定量化、見える化は重要なミッションであると強調した。「循環型社会を目指す」パーパスがそのまま事業になったメルカリ、機関投資家の立場からりそなアセットマネジメントらが、見えない企業価値の可視化と価値化について議論した。(松島 香織)

ファシリテーター
山﨑 英幸 PwCあらた監査法人/PwCサステナビリティ サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス
パネリスト
柳 良平 エーザイ 専務執行役 CFO(最高財務責任者)/早稲田大学大学院会計研究科 客員教授
松原 稔 りそなアセットマネジメント 責任投資部 執行役員 責任投資部長
田原 純香 メルカリ Branding team Manager, ESG lead 

パーパスを定款に入れ、徹底的にパーパス経営を訴求するエーザイ

エーザイの柳氏は、早稲田大学大学院で客員教授を務め、ESGと企業価値の定量化を研究している。柳氏は「ESG経営、サステナビリティ経営の基本は『パーパス(企業理念)』にある」と話し、エーザイは2005年に世界でいち早く定款にパーパスを入れた企業だと紹介した。エーザイの使命は「患者様満足の増大(人の命を守り、健康を維持すること)」であり、SDGs目標のひとつだと説明する。パーパスを定款に入れたことにより、社会的価値をつくり、その結果として、事後的、遅延的にROE(自己資本利益率)などを高め企業価値となっているという。

例えば短期志向で人件費を過度に削減することは定款違反になる。定款があることで、長期志向となりサステナブル経営が可能になっているという。柳氏は「社会的価値と経済価値の両立をうたっているところがポイントであり、使命と結果の順番が重要」だと強調する。また「パーパスが社員に浸透している企業は、他企業よりもROEも株価リターンも高い」といったハーバード・ビジネス・スクールのジョージ・セラフィム教授の言葉を紹介した。

では、パーパスをどのように経済的価値に転換していくのか。柳氏はPBR(株価純資産倍率)とESG(非財務資本)の関係性をグラフ化し「英国は財務資本の2倍、米国は3倍がESGで、つまりESGが市場付加価値となっている。エーザイは米国企業の平均並みの3倍だが、日本企業のほとんどは1倍少々しかなく、ESGの価値が具現化していない」と指摘する。「日本は潜在的ESG企業が多いのだから、投資家に向けてしっかり説明できれば企業価値を倍増できる」と非財務情報の可視化は日本企業の重要課題だとした。

エーザイでは1年のうち2日間を従業員が企業価値創造の時間にあてるというルールがあり、がんや認知症の患者と共に過ごすという。その内容をプレゼンテーションし、認知症の薬として開発につながった事例もあるという。「人の命を守るというミッションを全従業員が心に刻んで業務にのぞむ。この仕組みをきっちり説明し、パーパス経営を訴求している。そうした努力が重要」と柳氏は話した。

また柳氏は、国際統合報告評議会(IIRC)のフレームワークを組み合わせたESGと企業価値を示したIIRC-PBRモデルに、サステナビリティ価値などを追加した「柳モデル」を紹介。自身の研究から「ESGとPBRは相関関係にある」「エーザイでは人件費を1割追加投入すると5年後にPBRが13.8%上がる」といった結果が得られると紹介した。柳氏は統計学的な課題は残るとしながらも、このモデルに当てはめると、「日本企業は人材投入や商品開発に投資することで遅延的に企業価値が高まる」と説明した。この研究はハーバード大学の教授や日本企業からも賛同を得ており、引き続き共同研究していく予定だという。

パーパスがそのまま事業になったメルカリ

メルカリは2013年にフリーマーケットのアプリでサービス提供を始めた会社だ。現在、グローバル従業員は1800人になっている。創業者で同社の代表取締役CEOを務める山田進太郎氏が、新興国には物がないのに先進国では多量に物が作られ捨てられている現状を見て、スマートフォンを使って物の循環をスムーズにしたいと起業した。「循環型社会を目指す」パーパスがそのままサービスになった企業といえる。同社のブランディングチームマネージャー/ESGリードの田原純香氏は「捨てられることを前提にした生産消費ではなく、循環することを前提にすると、物づくりのあり方、マーケティングプロモーションのあり方も変わるはず。そうした文化の変化を起こしていきたい」と力を込める。

会社設立時には「循環型社会を目指す」ことを前面に出さなかった。最初はいかに多くの人に使ってもらうかを考え、マーケティングやインパクトのあるCMに多く投資したという。1800万人のユーザーがいる今だからこそ、同社の事業に共感してもらえると考えている。

メルカリによると、日本の家庭にある不用品を合計すると、年間約7.6兆円の推定価値があるという。この数字を田原氏は同社が循環型社会を目指し、事業機会として捉えた時の最大のポテンシャルだと見ている。「ここまでメルカリは成長できるということ、ポテンシャルを資本市場やビジネスの広がりとして従業員へ見せることはとても大事」と話した。

一方で「結果として会社がどれだけ循環型社会の実現に寄与したか、まだ定量的に示していない」と問題点を挙げた。物を発送する時、データセンターのCO2排出などネガティブな部分が可視化されておらず、ポジティブなインパクト、ネガティブなインパクトの両方の可視化に取り組んでいる。ESG投資家へのアピールがその前提にあるが、ユーザーのライフスタイルを変えることが目的のひとつだ。「メルカリを使っていることはすでに環境課題に取り組んでもらっているということ。貢献していることを定量的に可視化できれば、潜在化していた貢献度を可視化できる」と、結果としてメルカリの利用率が増え、経済的価値につながるという一石二鳥を果たしていく考えだ。

機関投資家として社会価値を可視化――りそなアセットマネジメント

「ESG投資は21世紀型の経済モデル。ハードローからソフトローの時代へ移行し、プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)を前提とした循環型経済になってきている。これまで規制の中で活動してきた企業が能動的にどう対応し活動できるか、長期戦略になる」とりそなアセットマネジメントの執行役員で責任投資部長の松原稔氏は、企業にとってパラダイムシフトが起きていると認識している。

機関投資家にもパーパスは必要であり、同社としてもスチュワードシップレポートの中にパーパスを打ち出した。今までとは違う資本市場の新しい形が必要であり、どういった価値評価をしていくか、どのように「社会価値の可視化」や「可視化したものを価値化」するか、運用機関として探り始めたところだという。

企業のパーパスを見るのは長期投資家(ESG投資家)であり、長期の投資家になるほど見える資産から見えない価値を見ようとする傾向がある。松原氏は「不可視的な価値とは、企業が変わるべきものと変わってはいけないもの両方があるが、フォーカスポイントは変わってはいけないもの、つまり企業文化やパーパス」であり、その可視化が重要だと強調した。

また松原氏は「投資する側も投資対象として見る企業の活動を価値化することが非常に大事であり、見ようとする力が必要になる。そうした時にお互いのパーパスがぶつかり合うことがある。そうしたインパクトのもたらし方について関与を深め、共有し、共により良い社会を目指したい」と自社ではマネジメントプロセスのひとつとして可視化を捉え訴求していくとした。

社外・社内それぞれのインパクトが株価に反映

ファシリテーターを務めたPwCあらた有限責任監査法人/PwCサステナビリティ合同会社 サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンスの山﨑英幸氏は、サステナビリティ活動(プレ財務情報)と社外・自社それぞれのインパクトの関係について、「それぞれのインパクトパスを経由して将来財務にインパクトを与える」と説明した。環境・社会に向ける対外的なインパクトと従業員・顧客の自社向けインパクトの両方から、将来のP/L(損益計算書)、B/S(貸借対照表)、C/F(キャッシュフロー)につながり、株価に反映されるという。

同社は横浜会議のあと、顧客と協働でサステナビリティ活動が自社の財務にどのようにつながるのか因果関係を探り、将来財務インパクトを可視化するツール「サステナビリティ活動の財務インパクト評価支援サービス(Sustainability Value Visualizer)」を3月末に発表した。

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