気候変動との闘い セールスフォースはなぜ森林再生に取り組むのか――パトリック・フリンSalesforce Sustainability Vice President

「気候変動というこれまでに人類が直面した最大の困難を乗り越えるために、すべての人が団結し、世界の気温上昇を産業革命前から1.5度未満に抑えるよう努力しなくてはならない。目標の達成には前例を見ない速度と規模での変革が必要です」。サステナブル・ブランド国際会議2021横浜(以下、SB横浜)でそう訴えたのは、セールスフォースのSustainability Vice President、パトリック・フリン氏だ。同社は、米カリフォルニア州に本社を置くクラウドコンピューティングサービスのグローバル企業だが、脱炭素社会の実現に向け、森林の保全と復元活動にも力を入れる。2030年までに世界中に1兆本の木を植樹・保全する国際的プロジェクトに参画する同社は、SB横浜の参加者数に応じて植樹することも宣言した。(廣末智子)

世界の不平等を浮き彫りにしたコロナ

「この1年、地球の生命の脆さと回復力の双方を目の当たりにした」と語り始めたフリン氏は、新型コロナウイルスと気候変動の類似点として、「コロナウイルスにより世界の不平等が浮き彫りになった。最も持たざる者がコロナウイルスによる打撃が最も大きいのです。同様に、世界の最も貧しいコミュニティが気候変動による影響をもろに感じている」と述べ、極度の干ばつや、ハリケーン、洪水、海水温の上昇などを挙げた。その上で、世界の主要国による2050年カーボンニュートラル実現に向けた取り組みが勢いづいている今、同社としても最も効率的なカーボンシンク(CO2吸収源)として森林の保全・復元活動に取り組んでいることを説明した。

「森林は大気中のCO2を吸収し、われわれに酸素を供給します。鳥や動物に食料や住処(すみか)を提供します。そして忘れがちですが、人間の情操的健康にも大きな役割を担っています。この森林が火災や伐採などの人間の行動により破壊されてきました。地上の半分近くの森林がすでに失われ、しかもそのほとんどはこの100年の間に失われたのです。残された森林も脅威にさらされたままです。気候変動との闘いにおいて、森林を保全することは必須の要素であるにもかかわらず、です」

地球を再び緑の惑星に 

“10年に1億本”は簡単でないが、誰でも貢献できる

そうして始めたのが、世界経済フォーラムが進める、2030年までに1兆本の樹木を保全・再生・植樹する「1t.org」プロジェクト。これは政府や企業、NGO、気候変動活動家らとの連携による、地球を再び緑の惑星にすることを目的とする、世界が一つになった取り組みだ。

このプロジェクトの中で、セールスフォースは昨年、2030年までの10年で1億本を植樹するという独自の計画を設定。現在、世界各地で19のプロジェクトを進めており、最初の1年に1千万本を植えるという目標は達成できそうな見込みという。フリン氏は「10年に1億本の植樹は簡単ではありません。ですが、われわれ誰もが貢献できるのです。例えば裏庭に木を植えることも、また寄付をすることもできます」と言って同プロジェクトへの協力を呼び掛けるとともに、「われわれはこの会議に参加している一人ひとりのために1本ずつ木を植えていきます」と宣言した。

もっとも「気候変動については、効果的な戦略はすべて、可及的速やかに実行しなければならない局面であり、森林は要素の一つに過ぎません。それだけでは不十分なのです」と強調。本業であるクラウドサービスの面から、再生可能エネルギーの調達とオペレーション全域での電力効率アップに邁進していることに言及し、8年前には、クラウドコンピューティングサービス企業として、すべてのデータセンター操業の100%再エネ化を宣言する最初の企業のうちの1社となり、ゴール達成に向け、計画が順調に進捗していることが報告された。

また同社は昨年、75%の再エネを調達し、オーストラリアのクイーンズランド州にある太陽光発電所とも契約を締結した。これは同社にとって初めての国際的電力調達契約であり、このプロジェクトによって8万世帯に相当する電力が発電され、年間32万トンのCO2の排出が削減される。またこのように、高品質の再エネを調達するためにはより多くの企業の参加が必要であるため、同社は再エネへの取り組みを記した白書を公開している。これを活用することで、企業は再エネプロジェクトを評価するための調達フレームワークと、技術専門家による実務的な知見を得ることが可能で、フリン氏は、「セールスフォースがすべての答えを持ち合わせているわけではありませんが、再生エネルギー事業の評価方法を透明性のあるものにすることは、この業界を前進させる重要な一歩だと考えています」との認識を示した。

さらに同社は100%再エネへの取り組みを進めるのに加え、事業活動からの残りの排出量を相殺することで、カーボンニュートラルなクラウドの提供を実現している。具体的には、環境および社会的利益を最大化するプロジェクトを支援する高品質のカーボンクレジットを購入しており、その一例として、南米ホンジュラスの農村地域で、伝統的な薪ストーブを、クリーンで燃料効率の良いものに置き換え、それによってCO2排出量を減少させ、森林破壊を少しでも食い止めていることが挙げられた。

すべての企業は持続可能性を中心に据え、

得意なことと、気候変動対策を一致させた目標を

「これらはどの企業でも実行できることですが、さらなる努力が必要です。すべての企業は持続可能性をビジネスの中核に据え、自分たちが最も得意とすることと、気候変動対策を一致させた目標を掲げることが必要なのです」

同社は、企業が「環境への影響を360度見渡せるようにし、カーボンニュートラルに向けて加速するためのデータ駆動型のインサイトを提供する『セールスフォース・サステナビリティ・クラウド』」を提供している。世界中のさまざまな業界で、このクラウドを用いた炭素排出量の報告や規制要件への対応、新しいビジネスモデルの開発が行われており、フリン氏は、日本でもこのサステナビリティ・クラウドの立ち上げが行われることに含みを持たせた。

また今年に入って同社は、自社の環境、社会、ガバナンスについて過去、そしてリアルタイムのデータを可視化する支援にも乗り出した。「炭素測定を超えて、ESG測定に移行することで、企業はステークホルダーのために価値を創造し、今日から脱炭素化に向けた具体的なステップを踏むことができるようになるのです」。

さらに250社のトップサプライヤーが今後4年間で科学的根拠に基づいた独自の目標を設定することを支援し、サプライチェーンの持続可能性の進展を妨げる障害を克服するためのツールやリソース、技術をサプライヤーに提供しているという。その一例として、オフィス用家具の世界最大メーカーである米スチールケースが、バリューチェーン全体の重要性を理解した上で、自社のサプライヤーとの間で科学的根拠に基づいた目標を設定し、今後10年間で、業務上の排出量を50%削減することを約束していることを挙げた。

「バリューチェーンを超えたエンゲージメントが高まることで、気候変動の針を大きく動かすチャンスがあります。気候変動対策においては『成功させる』以外の選択肢はありません。今こそ私たちが望む未来を創造し、より持続可能で公平な未来を築くために、今日から動き始めなければいけません」

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