誠実に「長崎県のため」 国会議員25年表彰 金子原二郎参院議員

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金子原二郎さん

 〈長崎県選出の金子原二郎参院議員=自民=が国会議員在職25年で参院から表彰された。県議、衆院議員、知事を経験し、通算の政治生活は46年に上る。本県の政治、行政に精通してきた金子議員に信条やふるさとへの思いを聞いた〉

 -政治を志した原点は。
 小学生まで暮らしたふるさとの生月島が原点。漁業が盛んで豊かな自然が残る歴史ある島だが、当時は本土との交通アクセスが船しかなかった。島民は通院や通学などで不便を強いられ、それは県内に数多くある離島のどこも似たような状況だった。1次産業を盛んにするためのインフラ整備も遅れていると感じていたし、もっと暮らしやすいふるさとにしたい、との一心でこの世界に飛び込んだ。
 生月はやがて平戸大橋、生月大橋が架かり、生活環境は目に見えて改善した。政治の力がなければ架橋はできなかった。この道に進んだ選択は間違っていなかったと思っている。

 -選挙は無敗を続けている。印象深い選挙は。
 まずは支えてくれた支援者一人一人や後援会、家族、親族に感謝したい。皆さんの力がなければここまで政治生活は続けられていない。初陣の県議選が一番印象に残っているが、衆院選に初出馬した際もロッキード事件で自民には大逆風が吹き、大変厳しい選挙だった。本県を改革したいと思い知事選に出た際は本当に大きな決断を迫られたし、参院選出馬の時は民主党政権時代で、国政と本県のパイプ役を誰かが務めなければとの使命感が強かった。
 連続当選できているのは何事も人任せにできない性格もあるが、「長崎県を良くしたい」との思いがどの候補者よりも強く、そのことを有権者に理解していただいているからだと思っている。

 -県民には知事としての印象も残っている。
 「民間でできることは民間で、公でやるべきものは公で」との基本理念を持って行政の効率化に力を入れた。破綻寸前だった住宅供給公社や開発公社の立て直しは急務だったし、将来を考え、いろいろな施設に指定管理者制度を積極的に導入した。当時は市町村がいわゆる箱物行政で競い合うような時代だったが、人口減少が進む中で行政の効率化と優秀な人材の確保には市町村合併が必要だと強く感じていた。79市町村を21市町に再編統合できたのは住民や議会の理解と協力があったからだと思っている。

 -政治家だった父親の故岩三氏からどんな影響を受けたのか。
 座右の銘にしている「誠実」は父から受け継いだ言葉。父は何事にも真剣に、誠実に取り組んでいたし、私腹がない人だった。父の政治姿勢をそばで見てきて、自分もどんな立場にあっても何事にも誠実であることを心掛けてきた。

 -政治家としての信条は。
 政治家になった以上、「この仕事は自分がやり遂げたんだ」と胸を張って言えるよう一生懸命取り組み、その仕事に責任を持つことだ。それは国政も地方政治も同じ。年齢も性別も関係ない。何のために政治家になったのかを自身の言葉できちんと言えないといけないと思っている。

【略歴】かねこ・げんじろう 平戸市生月町出身。慶応大卒。県議3期を経て1983年から衆院議員5期、98年から2010年まで知事3期を務めた。現在は参院議員2期目。参院予算委員長などを歴任。