「スタートアップシティ福岡!?は、ほんまかいな」

戸惑いながらハジメに

林田の原稿って、いつも言い訳から始まるんですけれども、たまにしか書かないくせに。編集部からは「DH扱い」って言われてます。ほら、DHって野球のね。多分、たまにしか書かないことを「DH扱い」と囁かれておりまして、なんちゅうんでしょう、ありがたや、と言いますかね。守備はしなくていいんだ、みたいな。

そこでふと、ソフトバンクホークスのDHって誰なんだろうって注意してみてたんですよね。そしたら3月26日(金)の開幕以来、この原稿を書いている日まで5試合連続でデスパイネなわけですよ。デスパイネ。デスパいーねー。めっちゃ破壊力あるやん!しかも3月26日(金)って、ぼくがこの原稿を出すって約束した日なんです。5試合もやってこの冒頭書いているワタシを省みると、それはあまりにもデスパイネに無礼なのではないか、という思いが、この胸の内にひっそりと去来するのでした(太宰風)。

また枕が長くなりそうなので、戸惑いながらはじめに、の「戸惑い」の原因を述べておくことにいたしましょう。それは今回のタイトルが、これはぼくが遅筆であることの第三番目の理由(残り2つはもはや触りますまい)なのですけれども、

「兄さん、スタートアップシティ福岡について林田的斬り方をした文章を書いてください」

という重いオファーにあるのです。いや、ぼくはもう本当に普段はラッパーのように過ごしているんでですね、

「スタートアップシティ福岡?イエェー。ウン、ウン(リズム)いーねー」

と引き受けたのであります。そこで早速、リサーチに入ったのですけれども、最初に目に入った2本の記事を読んで心が折れました。

まず1本目の記事がこれ。

「スタートアップシティ福岡市 出る杭の才能を生かし世界を変える」
https://www.projectdesign.jp/201711/localgovernment-entrepreneur-cr/004067.php

「事業構想 PROJECT DESIGN ONLINE」のネット記事で、福岡市国家戦略特区を取り上げているものです。リンク先の記事なんて読まないYOという読者のために、記事の内容をラッパー風に要約すると、

「福岡市、ウェイっ!」

というものです。リード文は、事業構想のライターが書いたものだと思いますが

「国家戦略特区「グローバル創業・雇用創出特区」を活用し、日本のスタートアップ創出を牽引する福岡市。起業家の視点に立った支援施策が、世界に通用する新しい価値を次々と生み出す原動力となっている。」

とリキみ過ぎて何かが漏れてしまいそうです。良い意味で。

ところが、次に目に入った記事が

「【福岡ベンチャー100選】ベンチャー・スタートアップに少しでも興味がある人に届いてほしい。」
https://www.wantedly.com/companies/marketing-robotics/post_articles/297843

という東京の企業(Marketing-Robotics株式会社)がwantedlyで配信している記事です。ここで筆者は

① 外部資本を調達している
② 設立10年以内
③ 未上場 / 売却前

という三つの条件を挙げて、福岡のベンチャー、スタートアップを調査しておられます(なぜ、この三つの条件なのかはリンク先でご確認いただければ幸甚でございます)。

そして、その結論は、上記、項目に当てはまる会社は、60社しかなかったというのです。タイトルは100選なのに60社って、ウェイっ!。ちなみに某大手人材系企業が抽出した福岡市のベンチャー企業154社のうち、上記3項目を満たしている企業は1社だけだったそうです。

デスパいーねー。

衝撃の破壊力。さすがはDesignated Hitter。攻撃専門。今度は恐ろしさで、これまた別の何かを漏らしちゃいそうです。兎にも角にも、ぼくはいきなりどっちを漏らすか、ウェイっ!という岐路に立たされたというわけなのであります。

そうだ!グルーヴノーツに逃げ込もう

でもほら、もう大人ですから。どっちも漏らしたくないじゃないですか。そこでぼくは、安国寺の渡り廊下みたいな橋のところで結跏趺坐(座禅)を組んで、指で頭をくるくるっとして、ぽくぽくぽくぽくと考えたのです。

チーン!

そうだ
グルーヴノーツ
行こう。

緊急事態宣言が解除されたとは言え、コロナ下ですからね。十分に距離をとって取材してきましたよ。福岡のスタートアップといえばグルーヴノーツ。グルーヴノーツといえば創業者の佐々木久美子会長、我らがササクミなのであります。

グルーヴノーツ。グルーブ、じゃないですからね。グルー「ヴ」ですからね。ここは将来、試験にでますから、よく覚えときねぇ。詳細は下記URLからご確認いただきたいのですが(または「グルーヴノーツ」で検索を)

株式会社グルーヴノーツ https://www.groovenauts.jp/

端的に説明しておくと、クラウドAIプラットフォーム「MAGELLAN BLOCKS」(マゼランブロックス)の開発・提供と、テクノロジーと遊ぶアフタースクール「TECH PARK」を運営する企業です。基本的には、AIと量子コンピュータで、新たなビジネスの可能性を切り開いていく、福岡に止まらず日本を代表するユニコーン企業となる可能性を秘めているベンチャーです。蛇足ですが、Google CloudがSaaS(Software as a Service)のパートナーとして認定した日本企業2社のうちの1社でもあります。

今回は、佐々木氏(以下、ササクミと記載)へのインタヴューを通して得た気付きを織り交ぜながら、福岡市がスタートアップシティとして抱える強みや課題を炙り出していきたいと思います。

起業に必要な第一のこと、それは起業家精神

「起業家にとって一番、大事なものは何ですか?」

と質問したわけではありません。また、ササクミさんは、ご自身のことを「ワタシは自分が起業家だぜ、とか考えたことはあまりない」と仰っておりますので、ご本人の考えとは少し異なるかもしれませんが、この稿は「林田的に斬る」が求められているわけですから、いーんですッ(慈英風)。

他のスタートアップの起業家とお話したことも当然あるわけですが、大体、

「私たちのビジネスモデルは、、、ファンドから何億集めて、、、」

みたいなところから始まることが、すごく多いんですね。多いというか、ほとんどがそういう話から始まるといっても過言ではありません。もちろん、それ自体が悪いということはありませんが、ササクミさんのお話が「起業家精神」から始まったのはとても印象的でした。

ササクミさんの一つ目の転機は、2006年に製造業で事業を営んでいた父親の薦めでシリコンバレーを訪れた時のことです。シリコンバレーというのは文字通りシリコンを用いた半導体の製造で大きくなっていった街ですから、元々はモノづくりを基盤とした都市でした。それが90年代後半からITベンチャーが勃興して、すっかりソフトウェアが主流になっています。

このとき、ササクミさんは今でいうシリコンバレーの視察団の一員というポジションで参加したわけですが、当然、周りの社長たちは製造業の関係者たちばかりだったんですね。しかし、すでにシリコンバレーはソフトウェア主流に切り替わっている。その中でソフトウェアの話ができたのが、生まれたときからエンジニア。世の中はモンハンだぜ、ウェイっ、お前らかかってこいや、というササクミさんしかいなかった。

そのおかげで、ササクミさんはシリコンバレーのエンジニアと深く交流ができたわけですけれども、そこで彼らが話したことは何かというと、技術やビジネスモデルについてではなく

「起業家精神だった」

というんですね。その後に、起業家精神がシリコンバレーの精神でもある、と付け加えられたのには感銘を受けました。言い換えれば起業家精神とは「次の時代はこうなっていくんだ」と確信のようなものを含んだシリコンバレーの時代精神だったのかもしれません。ふと後ろを振り返って、福岡にそういう「起業家精神」が涵養される素地があるのかを検証してみると、やや疑問符がついてしまうように感じられます。

もちろん、福岡にある教育機関の中にも、QBS(九州大学ビジネススクール)、グロービス、KAIL(九州・アジア経営塾)、また北九州でぼくが教鞭を執らせていただいているK2BS(北九州市立大学ビジネススクール)と、そうした精神を教えているところは幾つか見受けられます。しかし、そのほとんどが社会人向けの大学院や学校、つまりはリカレント教育の流れの中にあるもので、大学の学部以前にそういった精神を教えるプログラムは、あまり見受けられないのではないでしょうか。もちろん、これは福岡の課題、というよりも日本全体の課題であるということは言うまでもありません。

周りにどれだけ助けてくれる人がいるか?

紆余曲折を経て、ササクミさんは2011年7月に起業します。なぜ、福岡で起業したのか、起業しやすかった?と尋ねてみると、

「起業する立地としては、まったく福岡である必要はなかった」

というんですね。むしろ2011年3月までは、起業ではなく東京に転居してエンジニアとして働く予定だったと言います。しかし、全ての日本人に深い心の傷とトラウマを植え付けた、あの3.11、東日本大震災が起きてから、その考えが変わったと言います。

「下の子を出産したばかりで、東京で働きながら子育てしていくということが、リアルにイメージできなくなった」

そんなとき、福岡で色んな人に事業アイデアを語って歩いていたところ、当時、ササクミさんのアイデアを「いいね」と理解してくれる人はほとんどいなかったというんですね。

技術的な話をすると眠くなっちゃいそうなので、要約して説明すると、このときササクミさんが考えていたアイデアは、それまでiPhoneやアンドロイドなどハード毎に完全に分離されていたソフトウェアサービスを、クラウド化、かつ自動化してスケールさせるためのプラットフォームを作り、電気とか水のように誰でも利用できるソフトウェアサービスを提供する、というものでした(ここは、本論としては理解できなくても問題ありませんので、読み飛ばしていただいても結構です)。

このとき、たまたま隣のオフィスにいた最首(さいしゅ)さん(現グルーヴノーツ代表取締役社長の最首 英裕氏)だけが、

「とりあえず焼き鳥食べにいこっか」

と言ってくれたんですね。ササクミさんは、とにかく最首さんと最初お会いしたときから

「なんだ、このチャラい親父は、、、」

と嫌悪感を抱いているわけですけれども、とにかく自分のビジネスモデルを理解してくれそうな人が最首さんしかいないわけですから、緊張して焼き鳥屋へと向かいます。すると最首さんは、そこでササクミさんに

「もう起業しちゃえばいーじゃーん」

と助言するわけです。このササクミさんと最首さんのギャップと言いますか、コントラストがぼくは昔から大好きなのですが、現在でも、ササクミさんは最首さんのことを毛嫌いしながらも、社長として迎え、また言い出しっぺの最首さんもしっかりジョインして伴走している。また、起業に大切なこととして

「周りに助けてくれる仲間がいることが重要」

と言い切るササクミさんを見ていると、なんだかんだ言って感謝しているんだなぁ、とホッコリさせられつつ、本当に、何と言うんでしょう、人生とはクローズアップでみると悲劇、ロングショットでみると喜劇、というチャップリンの言葉を想起させてくれるのであります。

スタートアップ市場の類型

ひょっとしたらお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、今のところ福岡はあまり関係ありません。2016年に、グルーヴノーツは今や基幹事業となっているAIシステムのベータ版をリリースするのですが、そのときも周囲に理解されずに、投資してくれたのは東京の大手企業系のファンドや外資系など数社だったと言います。

もちろんわずか5年前とはいえ、今やファンドの投資環境も激変し、現在では国内の投資も多く受け入れているわけですけれども、突き抜けたアイデアに対するリーン・スタートアップに対する環境という意味では、決して易しくはないことが、冒頭の「福岡ベンチャー100選」を集めようとしたら60社しかなかったYoという結果に繋がっているのかもしれません。

また、ササクミさんは、

「スタートアップには北欧型とアメリカ型がある」

と言います。北欧型は、どちらかといえば社会課題を解決しながらビジネスをする、ということを強く意識しています。例えば、ササクミさんがヘルシンキを訪問したときに出会ったスタートアップのアイデアで感銘したものは、林業国でもあるフィンランドの地の利を活かして、その豊富な木材を用いて紛争国で家屋を失った人たちに簡易住宅キットを提供する、というものでした。

「家を追われた人たちに、その住宅キットを購入する資金力があるのか?」

とマネタイズに不安を感じてしまうビジネスモデルですが、そうじゃないんだ、と。これは社会課題なんだから、これで解決した方が良いんだ、という、やはりある種の精神が根幹にあるんですね。

一方でアメリカ型はというと、シリコンバレーの精神というものがあることは前提としつつも、やはり小さな投資で大きなリターンを得る、ということが最も重視されています。レバレッジも2倍とか、10倍とかではなく50倍、100倍を狙っていきます。つまり、1000万円投資して5年後には売却して10億円のリターンを得る、というようにマネー中心の考え方です。

「日本のスタートアップ市場、ファンドの考え方は、どちらかといえばアメリカ型に近い」

もちろん、ファンドや投資家も慈善事業を行っているのではなく、ビジネスとして動いているわけですから、高い投資収益を狙っていくことが悪いことではありません。しかし、日本社会の構造や、我々の精神性、歴史的経緯というとややファジーな話になりますが、アメリカ型のハイリターンありきのスタートアップの育成だけでなく、社会企業を育て支援していくようなストーリーを選択するというオプションがあっても面白いのではないでしょうか。

スタートアップシティとしての福岡のポテンシャル

ここまでササクミさんへのインタヴューを通して、福岡が、より本質的にスタートアップシティになるための条件、のようなものも(勝手に)見えてきましたので、最後に纏めておきたいと思います。

まずは、起業家精神、アントレプレナーシップについてです。これはぼくが学生だった20年ほど前と比較すると、大学におけるカリキュラムも含めて随分と充実している気がします。そんな気がしているだけなのは、

「リーンの段階で投資受けて、チョロっと大きくしたらバイアウトして大金もらおうぜ」

みたいな思考がめちゃくちゃ優先されているように見えるからなんですね。何年か前に、こんなことがありました。九州大学のある学生が、ぼくのところにやってきて

「起業したいのですが、どう思いますか?もしよかったら投資してくれませんか?」

という相談を受けたんですね。幾らくらいで考えてるの?と訊ねると、資本金100万円くらいでスタートアップを考えています、ということでしたので、まぁ、そのくらいだったら一部お手伝いできるよ、という話をお伝えしました。他にも何人か出資するという人もいたようです。

ところが、いつまでたってもなかなか起業した様子が見えないので、あの件はどうなったの?と聞くと、

「ファンドの方に相談したら、自己資金の比率が低いとバイアウトするときに不利だよ、と指摘されたので、自分でお金を出そうと思います」

という返事が返ってきたんです。結局、彼は自己資金で100万円を集めることができずに、起業を断念してしまいました。このエピソード一つを見ても(こんな話はたくさんあるぜ!)、最初に「バイアウトして儲ける」ということではなくて、ササクミさんの言う起業家精神、真のアントレプレナーシップ(次の時代はこうなる!という確信にも似た時代精神)についての見識が彼にあったとしたらどうなったろう、と悔やまれるところです。

次に、起業家を支える仲間とコミュニティの存在です。起業したい人たちが集う場所として、福岡には「スタートアップカフェ」なるものが存在します。この場所は、起業したいという志向を持った人たちが集まるのですから、お互いが切磋琢磨できるだろうし、ひょっとすると、ここで仲間を見つけて共同でスタートできる可能性もあり、良いスペースだと思います。また、福岡は日本の中でも今や稀有な人口が増え続けている都市であり、起業家がスタートアップした後も、それを助けて雇用を供給できる労働市場が担保されている、というのは、どう批判的に見ても覆しようのないメリットです。また、他の大都市と比較して家賃や食費などの生活コストが安く、若者が集まりやすい特性も備えています。

一つだけ物足りないのは、「起業家精神を理解し応援する大人」の存在かもしれません。これは貴族的精神(ノブレス・オブリージュ)と言い換えても良いかもしれない。

これは、両方とも実際にぼくが体験した話なのですが、ちょうど10年前のことです。東京の居酒屋で飲んでいたときに、隣に座っていた50歳くらいのおじさんと仲良くなったんですね。居酒屋で知らないおっさんと仲良くなるスキルに関しては、ぼくの右に出る者はなかなかいないんです。そこで名刺交換をして、すぐにそのおっさんが

「林田ぁ、お前おもろいから、なんか仕事しようか。オレが自由にできる予算は300万しかないけど、なにかできるかなぁ?」

と提案してきたんです。これは実際の金額は300万円ではなかったけれども、本当に仕事になったんですね。

一方、ちょうど同じ時期に福岡のさる大手企業の方からは、こう言われました。

「林田さんと仕事してみたいんだけど、あなたは有名じゃないから、会社に推薦できない」

ちなみに東京のおっさんも、福岡の大企業の方も、社長ではなくサラリーマンです。これはぼくが実際に体験した話なので、この話だけで東京と福岡のトレンドを断定してしまうのは、木を見て森を見ず、な話ですが、福岡のスタートアップ環境を盛り上げるために本当に必要なのは、七社会と言われる企業を中心に、老舗の大人たちが挑戦する若者を応援するメンタルづくりなのかもしれません。ついでに、ぼくのことも応援して欲しいです。もう若くないけど。

やっぱりね。メディチ家がいたからレオナルド・ダ・ヴィンチが生まれたのであり、グエルがいたからアントニオ・ガウディがサグラダファミリアを設計したんですね。フィレンツェ市やバルセロナ市が何か頑張ったわけじゃないんですよ。

ということで、書き始めたときから薄々、スタートアップに必要な環境と「スタートアップシティ福岡」はあんまり関係なくなるんじゃないかという結論になる危惧はあったんですが、質実ともに、あまり関係ないということになってしまいました。

今回はグルーヴノーツのササクミさんのお話から組み立てた林田的所感です(結論については、ササクミさんとは関係ありませんので、苦情がある方はジャンジャンぼくのところに送らないでください)。このシリーズ、もうちょっと掘り下げてみても面白いかな、と個人的には感じていますので、また編集部からお話があれば続編を書いてみたいと思います。

それでは、今回も長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。また次回。

アデュ。

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