猟奇的な彼女からキム・ジヨン、椿まで ヒロインたちは韓国社会に何を訴えたか【前編】 “女性らしさ”を蹴散らす? 『猟奇的な彼女』と『最も普通の恋愛』

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2016年に韓国で刊行され、2018年には日本でも翻訳版が出版された『82年生まれ、キム・ジヨン』は、隣の国に住む女性たちが私たちと同じ悩みや痛みを抱きながら暮らしているということを小説という形で鮮やかに伝え、共感の輪を広げた。

一方で、2000年代以降、多彩なジャンルの作品で私たちを楽しませ、驚かせてきた韓国映画の中では、女性たちがどんな姿で描かれてきたのだろうか。

今から約20年前の2000年1月。北朝鮮のスパイと韓国の情報部員の愛を、特殊爆弾をめぐる南北の攻防と共に描いた『シュリ』が日本で公開された。本国では前年に封切られ、韓国映画の興行記録を塗り替える大ヒットとなったこの作品は、「韓国でこんな映画が作られているのか!」という衝撃を日本にも与えた。

それから1年後の2001年、「『猟奇的な彼女』という、すごく面白いラブコメが流行っているらしい」という評判が海を越えて聞こえてきた(日本での劇場公開は2003年)。

お人好しの大学生キョヌ(チャ・テヒョン)と、彼の眼の前に突然、現れた“彼女”(チョン・ジヒョン)との不思議な関係を描いたこの映画の原作は、1999年にパソコン通信(!)の掲示板に連載された後にベストセラーとなった同名小説。

もともと日本語と同じように「奇怪なものや異常なものに興味を持つ」というような使い方をされていた「猟奇」という言葉に、「突飛な行動」「ユニークな考え」「ちょっと変な感じ」といった新しい意味を付け加えて定着させ、一大ブームを巻き起こした。

映画版のヒロインである“彼女”も、まさにこの「猟奇」を体現したような人物で、酒に泥酔して地下鉄の中で派手に吐いたり、初対面の人にいきなりタメ口で話しかけたり、公共のマナーを守らない相手を怒鳴りつけたり、自分の思い通りに行動しない相手を「死にたい?」と脅したりと、やりたい放題。

予測不可能な行動を繰り返す“彼女”というキャラクターと、“彼女”をのびのびと演じるチョン・ジヒョンは、
「女性はこうあるべき」
という通念を蹴散らす“新世代”の象徴として受け入れられた。

ただし、映画をご覧になった方であればわかる通り、“彼女”が破天荒な言動をしていた裏には、「癒されない深い傷を心に負っていたから」という理由が隠されている。そのため、自由奔放な自分に好意を持ってくれているヒョヌに対して次第に申し訳なさが募り、ついには
「私も普通の女の子なの」
と(遠く離れた山の向こうから)告白することになる。

シン・スンフンの名曲『I Believe』が流れ、涙を誘う美しいシーンだが、私はこの場面を見た時に、それまで“彼女”をキラキラと輝やかせていた魔法があっさりと解け、文字通り、普通の女の子に戻ってしまったような気がして、ちょっとがっかりしてしまった。

もともとキョヌも、彼女を一目見た時から「“黙っていれば”理想のタイプ」と言っていたように、男性中心の社会が求める“女性らしさ”と正反対の彼女の行動は「あくまで一時的なもの(だから大丈夫)」と見える終わり方になってしまったところに、当時の作り手の考え方の限界が反映されていたように思える。

『最も普通の恋愛』おうちでCinem@rtにて配信中 ©2019 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & ZIP CINEMA. All Rights Reserved.

「2019年、最も率直で果敢で、現実的なロマンス」というキャッチコピーと共に韓国で封切られた『最も普通の恋愛』(2019)を見ると、『猟奇的な彼女』から約20年の歳月が流れたということを実感する。

転職して小さな広告代理店にやってきた女性ソニョン(コン・ヒョジン)が、結婚式直前に婚約者との関係が破綻した男性ジェフン(キム・レウォン)と出会う。初対面なのにタメ口を使ってきた上司に対して、(報復の意味を込めて)タメ口を使ったり、職場で聞かれたプライベートに関わる質問にウソを交えて答え相手を驚かせたりする姿は、『猟奇的な彼女』の“彼女”がそのまま年を重ねたような印象を与える。

ソニョンや同僚の女性社員たちをとりまく状況は依然、厳しいものの、それを「当たり前のことのように受け入れたりはしない」という女性側の態度の変化が感じられる。

また、少し肌の見える服装をジェフンに注意されたときも
「かわいいからいいじゃない」
と言い返すなど、ソニョンというキャラクターは男性目線ではない自分目線を大事にする女性として描かれており、現在の韓国社会におけるフェミニズム的な認識の変化が見て取れる。

ちなみに2000年に26.8歳だった韓国女性の平均初婚年齢は、2015年には30.0 歳と30代に突入。ソニョンのように恋愛を楽しみ、傷つきながらも、自らの収入で暮らしていくという生き方は当たり前のものとなった。

『猟奇的な彼女』の“彼女”と同じく心の傷を隠しているソニョンが、それを克服していく方法にも「自分の心は自分で守る」という爽快さが感じられる。自然体の演技では並ぶ人のいないコン・ヒョンジンが、さりげないセリフのやりとりの中で、今を生きる女性の本音を表現している。


Text:佐藤結(さとう・ゆう)

Edited:岡崎暢子(韓日翻訳、フリー編集者)

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