古民家ホテル、新型高速船遊覧クルーズ、流れ星新幹線…… 地域を元気にするJR九州

「流れ星新幹線スペシャルムービー」=イメージ=(画像:JR九州)

JRグループで、観光旅行需要を最も上手に掘り起こして利用促進につなげてきたのはJR九州かもしれません。「ななつ星in九州」や「36ぷらす3」といったD&S(デザイン&ストーリー)列車は、観光列車ブームを巻き起こし、JRや私鉄各社が同じ考え方の魅力ある列車を相次いで送り出し、全国的に鉄道への注目度を高めました。

しかし、2020年からの新型コロナ禍でビジネスモデルは一転。同社が今求められているのは「鉄道、駅ビル、ホテルといった事業が観光変化への適応力を高め、地域を元気にする取り組みの継続」(青柳俊彦社長の2021年年頭所感・大意)といえるでしょう。JR九州は春の観光シーズンに合わせ、文字通り地域に元気を届けるようなニュースを次々と発信しています。グループを含めて3件を取り上げましょう。

佐賀県鹿島と宮崎県日南で古民家ホテル

旅情を感じさせる「茜さす肥前浜宿」。浜宿は江戸時代から昭和に掛け、酒やしょう油の醸造で栄え、コロナ前は年間8万人の観光客が訪れていました。(画像:JR九州)

最初は宿泊事業の話題。JR九州グループは九州エリアのほか、東京や沖縄県那覇でリゾート・ビジネスホテルを展開しますが、今回は近代的なホテルと趣向を変え、古民家をリノベーションした宿泊施設を開業して、観光客を迎え入れる構想を打ち出しました。

JR九州は2021年3月24日に青柳社長が記者会見して、佐賀県鹿島市と宮崎県日南市に古民家ホテルを開設する構想を発表しました。古民家を利活用する宿泊施設は、同社としてはもちろん初めて。明治中期の酒蔵を改装する鹿島は2021年秋、江戸時代後期の武家住宅を現代によみがえらせる日南は2021年冬の、それぞれ開業を予定します。

社員が〝ひらめき〟で発想

JR九州全社員を対象にした、2018年度の社内提案制度・未来創造プログラム「HIRAMEKI(ひらめき)」がきっかけ。社内公募にアイディアが寄せられ、事業化に向けた検討を進めてきました。関係自治体や地域事業者と連携しながら、古民家宿泊という新しいスタイルで滞在型観光を定着させます。

2011年3月の九州新幹線鹿児島ルート全通で、九州西側の博多ー熊本ー鹿児島ラインを形成したJR九州ですが、新幹線エリア外にも魅力が点在します。今回は鹿島や日南といった、新幹線ルートから離れた地域に宿泊施設を設けて観光客を誘致し、地域経済や観光の振興に貢献します。

コロナ禍で訪日観光はほぼ停止状態ながら、収束に向けた再開に期待が高まります。海外からの観光客に日本の宿泊文化を知ってもらい、リピーター化につなげるのがJR九州の戦略です。

ブランド名は「茜(あかね)さす」

施設のブランド名は、「茜さす」と命名しました。「あかね色に照り映える」の意で、「九州が日の出に映えて照り輝き、次代の訪れを感じさせるように……」の思いを込めました。

鹿島市の「茜さす肥前浜宿」は、JR長崎線肥前浜駅西側に広がる浜町地区の酒蔵通りに建つ、明治時代中期の「光武酒造場別宅」を改装します。入母屋造り木造2階建てで、約70~80方メートルの客室2室(定員各4人)を設けます。旅のテーマは「酒薫る宿場町の商家にて、古今の往来に酔いしれる。」とします。

施設や街並みで、過去と現代が交錯する上質な町家の雰囲気を演出します。設計は専門の建築研究所が担当、構造監修は日南の飫肥(おび)も合わせ、京都大学の研究所のアドバイスを受けます。

江戸後期の武家屋敷

庭園も見応え十分な「茜さす飫肥」。飫肥は江戸時代、伊東家五万一千石の城下町として繁栄しました。(画像:JR九州)

日南市の「茜さす飫肥」は、JR日南線飫肥駅北側・飫肥地区の「旧伊東伝左衛門家」を改装します。江戸後期に建てられた木造平屋建てで、地区内で最も古い武家住宅。日南市から文化財に指定され、庭園は2015年、国の記念物に登録されました。

施設は1棟貸しで、客室146平方メートル、定員6人。文化財の価値を高めるような改修を施し、建物と庭園、景観が育んできた歴史を表現します。旅のテーマは「ひっそりと佇(たたず)む武家屋敷で、穏やかなる季(とき)に抱かれる。」です。

新型高速船、沖ノ島遊覧コースに出航

JR九州高速船の新造船「クイーンビートル」。シートベルト着用のジェットフォイルと違い、航行時は船内を自由に移動できます。(画像:JR九州高速船)

2件目のニュースは、鉄道を離れた海洋観光の話題。JR九州グループのJR九州高速船の新型高速船「QUEEN BEETLE(クイーンビートル)」が2021年3月20日、博多港発着の沖ノ島遊覧コースで初就航しました。

クイーンビートルは本来、2020年7月に福岡―韓国の釜山航路にデビューの予定でしたが、コロナの影響で日韓間の国際交流はほぼ停止状態にあります。JR九州高速船は日韓航路の再開まで、日本人向け国内周遊クルーズで新船を運航することにしました。

クイーンビートルは、同社4隻目の高速船。3隻保有するジェットフォイル「ビートル」の老朽化に備え、オーストラリアの造船会社に発注しました。高速性と運航安定性を兼ね備えたアルミ船体の三胴船(トリマラン)で、全長83m、定員502人。JR九州の観光列車のデザイナーとして知られる、水戸岡鋭治さんのドーンデザイン研究所代表が内外装を手掛けるのも注目点といえます。

本当は日韓を結ぶ外航船ですが……

船上から観光する沖ノ島。「神宿る島」として2017年にユネスコから世界文化遺産に登録されました。(写真:grandspy / PIXTA)

クイーンビートルは本来なら外航船で、国内運航に関しては、国土交通省から特別な許可(沿岸輸送特許)を受けました。JR九州と、旅行会社のHISが旅行商品として設定する博多港発着の遊覧コースでは、福岡県宗像市の世界遺産の沖ノ島と大島を海上から見た後、博多港に帰港します。

ツアー初日は、ほぼ募集定員いっぱいの234人が乗船。特典として、乗船客には宗像大社の紙御朱印3種類を進呈しました。同じ沖ノ島遊覧は3月21、27日も実施されました。

韓国人観光客を日本に呼び込むための新船が、ターゲットを日本人に変えたツアーで成功したのは、単なる偶然ではありません。実はコロナ前、年間2000万人もの日本人が海外に出国していました。年間何十回も海外出張するビジネスマンもいるので、あくまで単純計算ですが、日本人の6人に1人は海外旅行していたことになります。

海外旅行していた人たちを国内に引き戻す

しかしコロナで、おいそれと海外に出掛けられなくなりました。そこで毎年海外に出掛けていたような旅行好きの人たちの目が、国内に向くようになったというのです。

株価急騰に象徴されるように、現下の経済状況はそれほど悪くない。昨年のGo To トラベルのような動機付けがあれば、旅行需要は必ず回復できます。そうした流れに、クイーンビートルは乗ろうとしているのです。

本格的なコロナ収束まで、あと4~5年は必要とされます。JR九州高速船の内航ツアーは、日本の旅行業界が目指すべき「世界を見てきた日本人に満足してもらう、本物志向の国内旅行」といえそうです。同社は引き続き、2021年4月の土日には、11時発と14時発で福岡湾遊覧コース、17時の夕方発で糸島沖遊覧コースを設定しています。

「流れ星新幹線」スペシャルムービー公開

JR九州は「流れ星新幹線特設サイト」も開設します=イメージ=(画像:JR九州)

最後は文章で紹介するより、動画をご覧いただくことで感動が伝わる、〝百聞は一見にしかず〟の見本のような話。JR九州が九州新幹線鹿児島ルート全通10周年を記念する「流れ星新幹線」を運転した2021年3月14日はYouTube中継されたそうなので、ご覧いただいた方も多いかもしれません。同社は2021年3月30日、沿線の模様や走行する新幹線を3分間の動画にまとめた「流れ星新幹線スペシャルムービー」をYouTube公開しました。

これ以上の説明はネタバレになるので控えますが、動画を見て私自身、大きな感動を覚えたことを告白させていただきます。思い返せば、同じような思いを抱いたのは、ちょうど10年前、東日本大震災で被災し運休を強いられた東北新幹線の運転再開一番列車に、沿線の人たちが手を振る光景を見て以来のような気がします。私は動画を見て、「鉄道が好きで良かった」と思ったのですが、さて皆さんはいかがでしょうか。

文:上里夏生

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