「年金」繰下げ受給は“税金・社会保険料が高くなるから損”という間違い

老後の生活費というのは、年金の受給額で大きく変わってきます。

約5割以上の人が、年金の収入だけで暮らしています。残りの人は、年金以外にも収入があると言うことです。とはいっても、残りの人たちも収入の内訳をみると、総収入の約8割が年金です。

つまり老後の生活には、年金の受給額が、大変重要だということになります。そうであれば、年金の受給額を少しでも増やしておきたいですね。

そこで、考えられるのが「繰下げ受給」です。しかしながら、一部のネットや雑誌で、「年金を繰下げ受給すると損になる!」という内容の記事を見かけます。その根拠となるのが、「年金を繰下げ受給すると税金や社会保険料が上がって損になる」と言うことです。さてそれは、本当でしょうか?

今回は繰下げ受給の「損」「得」について考えましょう。


公的年金の「繰上げ受給」「繰下げ受給」とは

公的年金は通常65歳から受給開始になるのですが、60歳から70歳までの間ならばいつでも受け取り開始することができます。60歳から65歳の間に受け取るのを繰上げ受給といって、年6%の減額になります。

逆に66歳から70歳までに受け取るのを繰下げ受給といって、年8.4%の増額になります(2024年から年金制度が改定になり、繰下げ受給が75歳まで延長可能になり、繰上げ受給は年5%の減額に変更されます)。

繰上げ受給の場合には、減額された金額が一生続き、障害年金なども受け取れなくなるので不利になります。

繰下げ受給をしたときの手取りはいくらになるのか?

繰下げ受給の場合は、70歳まで繰り下げると最大42%の増額になります。増えた年金受給額が一生続くと言うのが大きなメリットです。

デメリットというのは、繰り下げていると加給年金は支給停止になります。また、早死にをすると「損」になります。しかし、10年11ヵ月が損益分岐点になるので、11年以上生きているのならば得になるのです。

もちろん、年金の受給額が増えるので、税金、社会保険料なども増えます。繰下げ受給をすると最大42%増額になりますが、手取りでいうとそこまでは増えません。

扶養家族の違いやお住まいの地域によっても住民税が異なってきますので一概には言えませんが、42%の増額ではなく35~32%ぐらいのアップになります。ですので、手取りで計算すると損益分岐点も12年ではなく2~3年ほど遅くなります。

年金受給額が少ない人は、税金・社会保険料の影響は少ない

税金や社会保険料が上がるのだから、やっぱり「損」するんじゃないか?というと、必ずしもそうではありません。

そもそも、繰下げ受給をする本来の目的は、収入を増やすことにあります。受給額が増えた以上に税金や社会保険料が増えることはありません。年金の受給額が少ない人と、多い人の例を出しながら説明をしましょう。

まず、もともと年金の受給額が低い人は、年金を繰下げ受給しても、所得税や社会保険料が上がって手取りが減るという影響は受けにくいのです。むしろ、繰下げ受給の損益分岐点が下がるということだってあります。

たとえば、基礎年金だけを受給している方で、年額60万円とします。70歳まで繰下げ受給をすると年額85.2万円になります。住民税の課税は地域によりますが、所得が100万円以上から課税対象になるということが多いので、税金はそれほど増えないでしょう。社会保険料もそれほど増えないでしょう。ですので、増額分がそのまま手取りに反映します。

さらに、65歳から70歳までは、収入がゼロまたはほとんどありませんから、社会保険料の減税措置により、むしろ社会保険料が下がります。結果的に損益分岐点が下がるということになります(その他の所得がある場合や扶養家族がいるなどで異なります)。

しかし、「所得が低い人が、年金の繰下げ受給している間の生活費はどうするのか?!」というご指摘もあると思います。その通りで、あくまでも仮定の数字です。かなり貯蓄が多い人でないと、繰り下げ受給をすることができませんね。

受給額が大きいほど、税金・社会保険料の影響が出やすい

次に受給額が多い人が、繰下げ受給をするとそれなりに手取りが減る傾向があります。といっても、20%ぐらいです。

たとえば、65歳での受給額は年180万円だったとして、70歳まで繰下げ受給をするとが255.6万円になりますが、手取りが20%少なくなれば、約204万円です。

額面は255.5万円ですが、手取りが204万円だったとします。それでも180万円から24万円の増額です。この増額分が一生涯続くので長い目で見ると大きな差になります。70歳から95歳まで生きたとしたら、25年間の総額は600万円になります。

手取りが減るのはイヤだからといって、この「得」を捨ててしまっていいのか。たとえ税金や社会保険料が増えたとしても、繰下げ受給はけっして「損」ではないのです。

会社員で考えると、給料アップをすると言われて、所得税・住民税、社会保険料が上がるので給料を上げないでほしいと言う人はいないと思います。繰下げ受給も考え方は似ています。

年金とは「長生きに備えた保険」

年金というのは、長生きをしたときの保険なのです。ということは、早死をしたときには、たしかに支払った分を取り戻すことはできないでしょう。

しかし、死んでしまうのだから、お金に困るということはなくなります。ところが、長生きをした場合には、老後資金が尽きてしまってお金に困るということが起こります。そのための「保険」なのです。

老後の生活は、年金額で明暗を分けるということを冒頭で述べました。「人生100年時代」です。老後の生活を安定させるためにも、「得」の多い可能性を選んだ方がいいと思います。

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