首都圏「改札スイスイ」いつになったら? 障害者、JRと関東で割引ICカードなく

 ICカードやスマートフォンで「ピッ」と自動改札を通り抜ける。今や当たり 前の風景だが、実はJR各社と関東の私鉄・地下鉄では、いまだに障害者がその 利便性から取り残されている。他の地域では発行されている障害者割引用ICカードがないからだ。乗車のたびに有人改札や窓口へ行って障害者手帳を見せなければならないため、一般の人よりも余分に時間がかかる。障害者団体がJR千葉駅から都心まで乗り継いで行く時間を計ってみると―。(共同通信=市川亨)  

地下鉄月島駅で割引を受けるため有人改札を通る障害児と父親(右)。手前は電動車いすに乗った今福義明さん=時間計測の実証実験を行った2020年1月26日

 ▽改札出るのに15分

 「私たちも改札をスイスイ通りたい」。

 知的障害のある子どもがいる千葉市の木内由紀恵さん(仮名、48)はそう切望している。子どもと出掛ける際は、駅に着いてから電車に乗るまで30分ほど余裕を見ないといけない。時間が読めないからだ。

 障害者に介助者が付き添う場合、いずれも運賃は半額になる。大人の場合は子ども用切符を買えばいいが、障害児は子ども用のさらに半額になるため、券売機では売っていない。有人窓口へ行く必要があり、混んでいれば30分かかる可能性もある。

 最近は切符を入れられる改札機が少なく、対向してくるICカード利用者が途切れるのを待たされる場合も。予定の電車を逃してしまうことは珍しくない。乗るときは通常のICカードで入場することもできるが、結局は降車時に精算するため有人改札を通らなければならない。

 改札が無人に切り替えられることも多い。木内さんには、こんな経験がある。子どもを連れて無人改札から出ようと、精算のためインターホンを鳴らすと、駅員が来るまで約10分。「お釣りがない」と、さらに5分ほど待たされた。「目と鼻の先の改札を通るのに、なぜ15分も待たされないといけないの」

JR千葉駅と東京メトロ豊洲駅の往復で障害児と父親が買った切符(上が往路分で下が復路分)。障害児用の割引切符は券売機にないため、特別な切符や伝票が必要だった。駅員の説明ミスで、一部は間違った切符を購入させられた。

 ▽往復で1時間以上の差

 木内さんは不便さを可視化しようと昨年1月、障害者や家族らでつくる「千葉市地域で生きる会」の仲間たちと一緒に、JR千葉駅から東京メトロ豊洲駅までかかる時間がICカード利用の大人とどれだけ違うか計測してみた。

 往路は3回、復路は2回乗り換えるコース。乗り継ぎのたびに切符の購入や精算が必要になるため、障害児を連れた親は往路だけで35分、往復では計56分、余計に時間がかかった。乗車駅の駅員が切符の買い方の説明を間違え、降車駅で「割引を受けるには乗車駅に戻ってください」と言われるトラブルもあった。

 身体障害があり電動車いすで計測実験に参加した今福義明さん(62)は、介助者と共にICカードを使ったが、電車を降りるたびに有人改札で精算。車いすスペースのある車両やエレベーターまでの移動にさらに時間を要し、健常者とは往復で1時間11分も差が出た。

 

 今福さんは「乗降時の介助も加わって、いろいろな障壁でどんどん時間が積み重なっていく。ハード面だけでなく『時間的ロス』というバリアーも少なくしてほしい」と訴える。

 ▽他の地域では導入

 JRと関東以外では、障害者割引用ICカードは各地に広がっている。関西では、63の鉄道・バス事業者でつくる「スルッとKANSAI協議会」が、磁気カード時代の1996年に導入。2017年にICカードに切り替えた。札幌、仙台、名古屋、福岡でも地下鉄や私鉄で発行されている。

 JR東日本の「Suica(スイカ)」は導入から20年、地下鉄を含む関東の鉄道などで使える「PASMO(パスモ)」は14年がたつ。これまでも障害者団体がたびたび割引用ICカードの発行を要望してきたが、実現してこなかった。

 JR東、パスモ双方が理由の一つに挙げるのが不正利用の恐れだ。例えば、介助者が障害者と一緒でもないのに自分の移動のために割引用カードを使うのを防ぐのは難しい。他地域の事業者にも同様のリスクはあるが、対応が分かれている形だ。

 JR東の広報担当者は、このほか「複数会社による相互直通運転などもあり、乗り継ぎパターンが多岐にわたるため、関係各社との調整や大規模なシステム改修が必要」と説明。割引用ICカード導入の具体的な見通しはないという。

 ▽スマホで「ピッ」道遠し

 一方、障害者手帳を巡っては、大阪市のコンサルティング会社「ミライロ」が、手帳の情報をスマホに取り込めるアプリ「ミライロID」を開発。3月からJR各社を含む鉄道123社で利用できるようになったが、これはあくまで有人改札や窓口で手帳の代わりにスマホの画面を見せれば済むというもの。スマホを自動改札にかざせば自動的に割引されて通過できるというわけではない。

 将来的には、アプリの情報をマイナンバーとリンクさせてインターネットで新幹線などの割引切符が買えるようになる予定だが、自動改札での使用のめどは立っていない。

要望書を国土交通省の担当者に提出する「千葉市地域で生きる会」の高村リュウ代表(右)=4月6日、東京都千代田区

 木内さんら「千葉市地域で生きる会」は4月6日、割引用ICカードの導入を求める要望書を国土交通省に提出。各地の障害者団体などに呼び掛けたところ、41団体と722人の個人が賛同を寄せた。同会の高村リュウ代表(69)は「障害者はただでさえ移動にハンディがあるのに、さらにハンディを負わされている」として、早期の実現を訴えている。

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 鉄道の障害者割引 事業者によって内容は異なるが、多くは身体障害と知的障害が対象。障害者手帳を見せることで通常運賃の半額となる。1種(重度)と2種(軽度)があり、1種は介助者が同伴した場合、1人分で済むようそれぞれ半額になる。2種は片道100キロ以内では、子どもを含め本人、介助者とも割引は適用されない。精神障害者も対象とする事業者が徐々に増えているが、JR各社や大手では対象外。

 ◇取材を終えて

 ICカードで自動改札を通るのが当たり前になり過ぎて、障害者がその恩恵を受けられていないことを多くの人は知らないのではないか。私も恥ずかしながら、きちんと分かっていなかった。駅員でさえ、割引への対応を正確に理解していないことがあり、間違った説明や異なる処理で障害者は振り回されている。

 「割引が受けられるんだから、多少は不便でもいいじゃないか」と思う人もいるかも知れない。でも、それは誤解だ。割引の対象は、基本的には介助者が同伴する場合。2人分の運賃がかからないようにするもので、「優遇」ではなく、障害がない人と「同等」にしているだけだ。長距離移動を除けば、単独での乗車には適用されない。

 「障害のある子どもを持った親は、これからも延々と同じ苦労をしないといけないんでしょうか」。木内さんの問い掛けは、答えを待っている。

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