【フィギュア国別対抗戦】羽生結弦がコロナ禍で出場を決めた理由「何かしらの力になれるんじゃないか」

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演技を終えた羽生は日本チームに向かって笑顔でポーズをとった(代表撮影)

フィギュアスケートの世界国別対抗戦(丸善インテックアリーナ大阪)の男子ショートプログラム(SP)が15日に行われ、五輪2連覇の羽生結弦(26=ANA)は107・12点で2位発進。首位に立ったライバルのネーサン・チェン(21=米国)の109・65点には及ばなかったが、試合後は「成長しているなって思えています」と晴れやかな表情を浮かべていた。

世界選手権から約2週間半。激動のシーズンを経験し、競技者として新たな境地にいる。スケート人生の原点には2011年の東日本大震災があるのは周知の通り。今年2月に地元・宮城県を襲った地震については「棚のものだったり、棚自体がすごく崩れたり、食器が壊れたりとかの被害がありました。建物自体ちょっとヒビとか入ったかもしれないですけど、幸いにもケガとか、窓ガラスが破損したりとか東日本大震災のようなことはなかったですね。ただ、アイスリンク仙台の方はヒビ割れだったり、3・11の時に被害受けていた壁がまた崩れたり、至るところに3・11の時のような傷跡がありました」と振り返った。

そして、昨年から続く新型コロナウイルス禍も羽生に大きな心の変化を与えた。世界選手権から帰国の途につく際、ガランとした空港を見たときは衝撃を受けたという。

「一番大きかったことは自分のスポンサーさんであるANAさんのフライト。スウェーデンから日本に帰るときに本当に誰も乗っていなくて、空港に行っても本当に真っ暗で、海外の人には『ゴーストタウンって言われてるんだよ』っていうような空港の状況を見たり。本来はゲートであったはずの乗り口だったはずのところが、なんか病院の受付みたいになっていたりとか」

昨年のグランプリシリーズは「自分が感染を広げないこと、その感染を広げる人の移動のキッカケになってはいけないということ」を考慮した上で欠場。今もその気持ちはあるが、コロナ感染者が急増する大阪での開催にはあえて出場を決めた。

「職の普通のあり方がなくなっている方々、またはそういう状況の中で苦しんでいる方々、こうやって大会を開催し、運営していただいたり、またここに来ているテレビの方々、記者の方々含め、本当に大変なことを痛感したので、僕はそのお仕事という場に、僕が身を寄せることによって何かしらの力になれるんじゃないかなっていうふうに思いました」

ゴーストタウンのような空港で「勇気をもらえた」「力をもらえた」と声をかけられたことも出場の決め手となった。激動のシーズンで味わった全ての経験を胸に刻み、16日のフリーで今季の集大成を飾る。