【中原中也 詩の栞】 No.25「はるかぜ」(『歴程』昭和11年10月号)

あゝ、家が建つ家が建つ。
僕の家ではないけれど。
   空は曇つてはなぐもり、
   風のすこしく荒い日に。

あゝ、家が建つ家が建つ。
僕の家ではないけれど。
   部屋にゐるのは憂鬱で、
   出掛けるあてもみつからぬ。

あゝ、家が建つ家が建つ。
僕の家ではないけれど。
   鉋の音は春風に、
   散つて名残はとめませぬ。

   風吹く今日の春の日に、
   あゝ、家が建つ家が建つ。

【ひとことコラム】 中也が東京で暮らしたのはちょうど関東大震災からの復興期。地方出身者であるとともに、そうした世情に距離を置いて生きていた詩人は、季節の移ろいという大きな時間の流れを一方に感じながら、その地に根を下ろして生きる人々の営みを少しまぶしそうに見つめています。

中原中也記念館館長 中原 豊

© 株式会社サンデー山口