オンナたちの釜ヶ崎――圧倒的「男性社会」で生きてきた「私娼」「女性ホームレス」の姿

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大阪府大阪市西成区の北部に位置する、あいりん地区――旧地名の「釜ヶ崎」と呼ばれることも多い同地区は、簡易宿所や寄せ場が集う「日雇い労働者の街」「ドヤ街」として、全国的にその名を知られている。「酔っ払いのおっちゃんたちが路上でたむろしている」「盗品や薬、違法DVDなどを売る泥棒市をやっている」「シャブの取り引きや賭博は日常茶飯事」「治安が悪いので女性は昼間でも行かない方がいい」――そんな種々雑多な「釜ヶ崎のウワサ」を耳にしたことがある人も少なくないのではないか。

そんな世間から“特殊な街”という印象を持たれている釜ヶ崎を舞台にした映画『月夜釜合戦』が、今春全国ロードショーされた。古典落語『釜泥』をベースに、釜ヶ崎の繰り広げられる騒動を描いた人情喜劇で、昨年ポルトガルで開催された「ポルト・ポスト・ドック国際映画祭」のインターナショナルコンペティション部門で、日本映画初のグランプリを受賞。同作は、映画ファンからも好評を得ており、今年3月東京公開含む2巡目の全国公開も行われている。

同作の大きな特徴は、主人公を含め、釜ヶ崎に暮らす「女性」の姿がクローズアップされている点だ。先に記したように、釜ヶ崎から連想されるイメージは男性が中心にあるが、釜ヶ崎の女性たちは、いったいどのように生きているのか――今回、『月夜釜合戦』の監督・佐藤零郎氏と、女性ホームレスの研究を行う立命館大学産業社会学部准教授・丸山里美氏に話を聞いた。

2005年から釜ヶ崎に関わり、野宿生活者の支援運動などを行ってきたという佐藤零郎氏は、確かに釜ヶ崎には、多くの人がイメージするように「圧倒的に女性が少ない」という。そんな中、なぜ『月夜釜合戦』で釜ヶ崎の女性を描こうと思ったのか。その背景には、「釜ヶ崎の再開発」があるそうだ。

「釜ヶ崎で生活をする中で、監視カメラの設置や露店の撤去、路上で暮らす人たちのテントが潰されるなど、野宿生活者や日雇い労働者を街から追いやるような動きを感じました。これは全世界的に見られる『ジェントリフィケーション』という現象で、アクセスがいい都心部の比較的地価が安い場所を再開発することにより、地価を上昇させ、その利潤を得るというものなのですが、僕は資本が利潤を得るために貧乏人が追い出されるなんて、大問題だと思い、対抗したいと考えたんです。いろいろ調べていくと、釜ヶ崎でジェントリフィケーションが起こったのはこれが初めてではないことがわかった。1970年に大阪万博が開催されましたが、60年代から日雇い労働の供給を増やすために、働き口のない地方の男性を釜ヶ崎に一挙に集め、その過程で地区内に占めるドヤの割合は増加し、単身男性の労働者向けの部屋になり、徐々にドヤは高層化・巨大化していきました。結果、地区内に家族層が暮らせるような家屋の割合は減っていき、女性や子どもが釜ヶ崎を後にしなくてはならない状況が生まれました」

現在、釜ヶ崎の再開発に関して、自治体は「労働者の高齢化が進み、街が衰退していく。今のうちから、女性や子どもが住める街にしよう」と説明しているというが、「そもそも女性や子どもが住めない街にしたのは誰なんだ! と。『釜ヶ崎の歴史の中には、女性もいた』とことで再開発の欺瞞を映画で突きたくて、主人公を女性にしました。なので、『月夜釜合戦』は、特定の時代設定があるわけではなく、釜ヶ崎の“変遷”の厚みを凝縮して描いていると言えます」。

『月夜釜合戦』の主人公・メイは私娼をしており、ほかにも釜ヶ崎のほど近くにある飛田新地の公娼・アケミが登場する。また出演シーンはわずかながら、路上生活者と思しきマッチ売りの老婆(マッチの火が消えるまでの間、股座をのぞくことができるという商売をする老婆)の姿もあったが、監督は彼女たちを「釜ヶ崎を女性の住める街にするという言説からは除外される、排除されんとする女性たち」として捉え、劇中に登場させたという。飛田新地で働く女性は現在も大勢存在しているが、私娼やマッチ売りの老婆は、すでに現在の釜ヶ崎では姿を見かけない女性たちだ。

「マッチ売りの老婆は、釜(ヶ崎)にいるおっちゃんに『おったぞ』という話を聞きましたし、また開高健氏の『日本三文オペラ』(角川書店/1950年代後半、大阪造兵廠跡のスクラップを狙う食いつめ者たちの集団・アパッチ族を描いた小説)にも登場し、そこから着想を得ています。大々的にこの商売をやっていたわけではなかったでしょうが、人目を避け、陰でこっそりそういった商売をして、生きていた女性が釜ヶ崎には存在した。今も表立っていないだけで、私娼もマッチ売りの老婆もいるでしょう」

また、映画では直接的に描かれていなかったが、60年代に男性の街に変貌しつつあった釜ヶ崎には、「労働者」として働く女性もいたそうだ。

「土工と言って、現場の雑用をするといった仕事をしていた女性がいました。実際、炊き出しに並んでいる高齢の女性に『昔はどんな仕事をしていたんですか?』と聞くと、『日雇い労働していた』『飯場の飯炊きをやってた』という人に会うことがあります。しかし、産業の合理化……つまり、女性より男性の方が労働力になるからという理由で、それまで女性が担っていた仕事を男性が行うようになって、やはり釜ヶ崎から女性がいなくなっていったわけです。今も昔も変わらないのは、資本は利潤を追求するために、この街を都合よく利用してきたということです」

それでは、近年の釜ヶ崎で、女性たちはどのように暮らしているのか。立命館大学産業社会学部准教授・丸山里美氏はまず、釜ヶ崎と一口に言えど、日雇い労働者の人たちが寝泊りし、路上で野宿する人の姿も見られるドヤ街と言われるエリアだけを指すときと、その周辺の貧困住宅地域や、ときにはほど近くにある飛田新地も含める場合があると指摘する。

「私も『月夜釜合戦』を見ましたが、主人公である女性は釜ヶ崎周辺で個人売春をしてお金を稼ぎ、近隣の安いアパートに住んでいるように思いました。60~70年代はこうした私娼の女性も釜ヶ崎にいたようですが、現在では見かけません。天王寺のあたりにはいるという話は耳にするのですが……。また、飛田新地で働いている女性は、現在、近隣ではなく別の場所に住んで通勤しているような印象もありますね。そして、少なくとも釜ヶ崎には現在、女性向けの日雇い仕事というものはありません」

一方、釜ヶ崎の路上には、女性ホームレスも「ゼロではない」というが、その数は極めて少ないのではないかと、丸山氏は指摘する。

「そもそも一般的に、野宿者の女性の割合は全体の3%と言われていますが、恐らく釜ヶ崎ではその比率はさらに低いのではないでしょうか。いろいろと理由はあるものの、『女性にとって釜ヶ崎が暮らしにくい場所だから』だと、私は理解しています。釜ヶ崎は、そもそも男性の人口比率が圧倒的に多い街ですし、また野宿をする人向けの資源が揃ってはいるものの、例えばシェルターが雑魚寝タイプだったりなど、基本的に男性利用者を想定して作られているんです。それに、酔っ払ってちょっかいをかけてくる男性も多いですし、女性に対する暴力が蔓延している街でもあります。釜ヶ崎に限ったことではありませんが、女性ホームレスの3分の1が『DVから逃げてきたケース』という調査結果もあり、そういった女性にとって、男性の多い釜ヶ崎で暮らすことは耐えられないのではないでしょうか」

中には、「女性だから優遇してもらえる面」もあるかもしれないというが、それでも釜ヶ崎のような男性社会で、女性ホームレスが生き抜くのは、やはり難しいのではないかと丸山氏は言う。

「今の釜ヶ崎に住んでいるのは、野宿をしている人、日雇い労働をしながらドヤ(簡易宿泊所)に暮らす人、地元の商店の経営者そこに勤めている人、そして福祉マンションとなったドヤに暮らす生活保護受給者だと思います。この生活保護受給者の男女比は、路上生活者の男女比と比べて、女性の割合が高いと感じますね。一度野宿した経験があって、生活保護を受給するという人には、釜ヶ崎は暮らしやすい資源がたくさんあるんです。福祉マンションもそうですが、ホームレスの支援団体も多く入っていますし、生活保護受給者を対象にした介護の事業もあります。野宿をしていた女性が支援団体とつながり、福祉マンションに入るというケースは、個人的によく見ています」

丸山氏いわく、ここ最近の釜ヶ崎は、どんどん福祉化しているとのこと。一見、生活保護受給者の女性にとって、住みやすい環境と化す兆しがあると言えるかもしれないが、それは「一概には言えない。やはり、その女性それぞれだと思います」という。

「福祉の面でもそうですが、特にここ2~3年で、街自体も綺麗になった印象です。ただそれが、釜ヶ崎の女性にとって、ひいては釜ヶ崎の人にとって、『暮らしやすくなったのか』と言うと、それは断言できない面はありますね。泥棒市をやっていたり、薬物が取り引きされているといった話があったり、売春をしている女性がいたり……そういう“昔ながらの釜ヶ崎”でしか生きられないという人もいると思うんです。個人的に、女性にとって危険が多い街ではあるので、単純に『いいところですよ』と言いづらいところはありつつも、見方を変えれば、『さまざまな事情を抱えた人たちが暮らせる街』でもあると思います」

2025年に、2度目となる大阪万博を控える中、街のクリーン化はさらに進んでいくことだろう。日雇い労働者の居場所となっていた「あいりん総合センター」(病院施設や市営住宅、また西成労働福祉センターと職業安定所といった労働施設のほか、日雇い労働者が求職活動を行う“寄せ場”の複合施設)も今年の3月31日で閉鎖となるなど、釜ヶ崎は今まさに大変貌の最中にあると言える。その中で、見えづらい存在である釜ヶ崎の女性たちは、どんな生活、心境の変化を感じるのか――今後も注視していきたい。