モデルはJR西日本の「鉄道のある暮らし」――テレワークやワーケーション、鉄道業界のニューノーマル対応を紐解く

ニューノーマルで普及したテレワーク。緊急事態宣言時、政府の目標は〝実施率70%〟でしたが、現状は大手企業で45%程度、中小では10%強といったところです。写真は子育てテレワーク社会実験のイメージ(筆者撮影)

新型コロナによる社会変化を表すキーワードが「ニューノーマル」。日本語では「新しい常態」と訳されます。2020年からのコロナ禍では、テレワークやワーケーションに代表される新しい働き方が急速に普及し、鉄道利用にも変化が表れています。これこそが、「コロナが鉄道業界にもたらしたニューノーマル」といえるでしょう。

コロナ以前、多くの鉄道事業者にとって朝夕ラッシュ時の輸送力確保が使命でした。テレワークなどによる通勤通学客の減少により、そうした経営課題からは解放されましたが、代わりにどんな状況でも経営を維持できる、新しいビジネスモデルが求められています。本稿は〝ニューノーマルと鉄道〟をテーマに、前半は国土交通省が2021年4月6日に公表した、政策リポート「ニューノーマルに対応した都市政策」、後半は鉄道事業者の実践例として、JR西日本の「新しいライフスタイル『鉄道のある暮らし』」を取り上げます。

地方の〝疎〟を評価

ニューノーマルによる社会変化が分かる材料を探す中で見付かったのが、国交省のリポートです。正式名称は、「デジタル化の急速な進展やニューノーマルに対応した都市政策のあり方検討会の中間取りまとめ」。同省都市局が、2020年10月からの有識者検討会での議論や企業・自治体へのアンケートから、新しい街づくりの方向性を示しました。民間ヒアリングで、鉄道業界からは小田急電鉄、京王電鉄、京阪ホールディングスの3社が回答しました。

テレワークやワーケーションの普及を受けた社会変化では、「地方の疎の評価」のフレーズに目が止まりました。従来、疎の文字は熟語の「過疎」として使われ、余りいい印象を与えませんでした。ところが、ニューノーマルでは過を除いた「疎」が評価されるというのです。考えてみれば「密」の反対語が「疎」。新しい時代には、〝疎の街づくり〟が求められるのでしょうか。

長く続いた人口の都心回帰や職住近接志向は、鉄道の利用にも大きな影響を与えてきました。ところがニューノーマルでは、「通勤には多少不便でも、自然豊かな地域が好まれる」の変化が現れ、実際に不動産会社などの住みたい街ランキングでも、神奈川県本厚木(駅)が首都圏トップにランクされて、かなりの話題を呼びました。

週1~2日はテレワーク、チームミーティングの日だけ全員出勤

働き方やオフィスの変化では、鉄道事業者に影響しそうな多くの指摘がありました。2020年4~5月の最初の緊急事態宣言で一気に進んだテレワークは、その後は一進一退ですが、企業や自治体ヒアリングでは「週1~2日はテレワーク。チームミーティングが必要な場合は出勤する」という働き方の常態化が判明しました。単純計算でも、1~2割は鉄道利用者が減る計算です。

一方で多くの期待が示されたのが、昼はレジャー、夜は仕事のワーケーション。「これまでの日本になかった働き方で、ニューノーマルにふさわしいライフスタイル。ただ、訪れる土地の人との触れ合いがないと、尻つぼみに終わる懸念もある。定着のためには、企業の制度としてのワーケーションが認知される必要がある」の見解が大勢を占めました。

公営シェアオフィスやホテルの客室で仕事

東京都が多摩地区で実施するサテライトオフィス=イメージ=(画像:国交省)

国交省はリポートで、ニューノーマルの働き方や街づくりの実例を数多く披露しました。これまで時差通勤を表してきた「スムーズビス」の一環として、東京都が打ち出したのが「TOKYOテレワーク・モデルオフィス事業」。簡単にいえば、都営のサテライトオフィスです。

多摩地区に民間施設が少ないことを考慮したテレワーク支援策で、府中、東久留米、国立の各駅近隣3カ所に都が公設するシェアオフィスを設けます。企業か個人が登録すれば利用は無料で、都内在住なら個人事業主、つまりフリーランスも利用できるそうです。

もう一つのサテライトオフィス提供事業が多摩地区のホテルを活用する客室テレワーク。東京都が、京王プラザホテル八王子、同多摩といった私鉄系を含む多摩地区のホテルと契約し、1日1室500円で提供します。

地方圏では、群馬県が「リモート県」として居住者を積極誘致します。同県は、子育てのしやすさを発信して東京圏からの移住者を受け入れます。県内居住地にもよりますが、前橋や高崎、桐生などなら東京への通勤も十分に可能で、テレワーカーの住まいに最適といえるでしょう。

ニューノーマルに対応するJR西日本の「鉄道のある暮らし」

多様な働き方を支援するJR西日本の「鉄道のある暮らし」=イメージ=(画像:JR西日本)

旅客数だけでなく利用形態の変化を伴うニューノーマルは、鉄道業界にとっても文字通りの死活問題といえます。ほぼすべての都市鉄道事業者は何らかの対応策を打ち出していますが、私はJR西日本が2021年3月の長谷川一明社長の会見で発表した、「社会変容に対応した新しいライフスタイル『鉄道のある暮らし』の取り組み」に着目しました。

社会変容とは、まさにニューノーマルそのもの。同社は、「鉄道と各種サービスを組み合わせた取り組みを、『鉄道のある暮らし』として提案します」とします。

鉄道のある暮らしの具体例が、「ワークプレイスネットの構築」。会見資料の図をご覧いただくのが一番ですが、大阪や新大阪、岡山、広島といった拠点駅にセンターオフィス、自宅最寄り駅の郊外にシェアオフィスを設け、駅構内のブース型オフィスや、グループ資産と表現するホテル客室を活用したテレワークスペース、さらには他社と連携するワーケーション施設も活用しながら、多様な働き方のニーズをくみ取って鉄道需要に結び付けます。

同社は2021年度、シェアオフィスとブース型オフィス各10ヵ所程度、ホテルオフィス20ヵ所程度を開設。新しい働き方のニーズを探りながら、本格展開を目指します。

ワーケーションでセミナー開催

スタートアップ企業との協業から生まれた「JR西日本×住まい・ワーケーションサブスク」=イメージ=(画像:JR西日本)

JR西日本はニューノーマル対応で、ワーケーション推進に力を入れます。2021年3月には広島市でワーケーションの可能性を探るセミナーにオンライン参加しました。

「新技術で描く新しいワークスタイル」と題したセミナーは、全国のホテルなどに定額で滞在できるサブスクリプションのサービス「HafH(ハフ)」を企画・提供する、スタートアップ(ベンチャー)企業の「Kabuk Style(カブクスタイル)」が中心になって、中国地方の企業関係者向けに開催。JR西日本からは、JR西日本イノベーションズの奥野誠取締役・シニアディレクターがパネリストを務め、グループ挙げた支援策を披露しました。

ワーケーションの可能性を話し合うオンラインセミナー(筆者撮影)

奥野取締役は、「JR西日本はグループの不動産、ホテル、駅ビルといった経営資源をフル活用。鉄道事業で蓄積したノウハウを駆使して、ワーケーションをはじめとする新しい働き方の定着に努め、活力ある街づくりを実現したい」と発言しました。

ワーケーション会員企業向けに割引きっぷ

「JR西日本×住まい・ワーケーションサブスク」で提供する広島県鞆の浦の名門旅館=イメージ=(筆者撮影)

JR西日本、JR西日本イノベーションズ、カブクスタイルの3社は2021年4月1日から、ワーケーションを意識した企業向けプログラム「JR西日本×住まい・ワーケーションサブスク」を共同展開しています。2020年7~9月に続く第2弾で、ワーケーションにチャレンジするHafHの会員企業を対象に、大阪―広島、同―和歌山、広島―福岡といったJR西日本の山陽新幹線や在来線特急の割引きっぷを提供します。

JR西日本管内では和歌山県がワーケーション誘致に力を入れる。大阪と和歌山方面を結ぶ特急「くろしお」(写真:tarousite / PIXTA)

2020年の初回は特典きっぷ購入は抽選制でしたが、2年目の今回は希望企業すべてが購入できるようにします。新型コロナで鉄道利用客が低迷する中、JR西日本にとってはワーケーションで新たな需要を掘り起こすのが主な目的といえるでしょう。

2021年度は「おためし地方暮らし」も

JR西日本で最新の話題は、2021年4月7日に発表のあった「『JR西日本×沿線自治体』共同プロジェクト・おためし地方暮らし」です。〝仕事はそのまま、ローカルに暮らし、ときどき出社〟のキャッチフレーズそのままの新しい暮らし方・働き方で、兵庫県丹波篠山、京都府南丹、滋賀県高島の3市との協業で、都市圏の仕事を維持しながら地方居住を体感できるような機会を提供します。

紙数が尽きたため詳細は別稿に回しますが、ニューノーマルは地方鉄道の線区や駅にスポットライトを当てるチャンスになるかもしれません。

文/写真:上里夏生

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