東日本大震災から10年(4月18日)

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 二〇一一年三月十一日、東日本大震災が発生しマグニチュード9の巨大地震、太平洋沿岸を襲った巨大な津波は、多くの人々の貴重な生命を、生活を奪った。多くの犠牲になった方々、ご家族・ご友人の皆様に心から哀悼の意をささげる。三月まだ雪が降る東北の地で、ライフラインが寸断され、寒さと不自由な避難生活を強いられていた多くの皆さんの姿が目に焼き付いている。そして続く、福島県の原子力発電所からの放射性物質の漏出は、さらに避難生活の長期化と健康不安の危機にさらされる最悪の事態をもたらした。やり場のない気持ちを吐露していた福島県相双地区の看護職はじめ、地域の皆さんの様子を思い起こしている。

 日本看護協会は東日本大震災から、災害に備え、乗り越え、不断の努力を通して、人々の健康と命を守り続ける看護の重要性、力強さをあらためて認識している。相互に支え合う看護のつながりの重要性、つながりを保障するよりよいシステムの構築や、災害看護教育の重要性も再認識し、実践に移している。

 東日本大震災において、看護職はあらゆる場で、さまざまな活動を行った。被災地では、懸命に患者・利用者・住民を守り、復旧・復興に全力を注ぐ活動があった。また、被災地外から多くの看護職が被災地の看護職を支援する活動もあった。この大災害に立ち向かうべく人間に対する信頼と勇気を信じて、今いるところで最善の活動をしたのである。

 次世代を担う看護職の皆さんには、このような節目の折に、看護職が災害対応あるいは復旧・復興支援においてその使命や責務を果たそうと、精いっぱいの行動をしたことに思いをはせてほしい。

 当時、被災地で看護管理者をしており愛する家族を失った看護師は、「自然の脅威を前に、抗[あらが]うことができないことを思い知らされた十年前の震災。この世のこととは思えない惨状で、こんなにも『生あるものは必ず滅する』という言葉が残酷に思えたことはありませんでした。しかし、茫[ぼう]然[ぜん]自[じ]失[しつ]の究極の状況にあっても、看護職それぞれが心の痛みを胸にお互いを支え合い、昼夜を徹して自律して行動する姿は、とても誇らしく崇高さを感じたことを思い出し、あらためて感動しています。震災直後、すべてを喪[うしな]い亡くし身一つになった私の、生死をさまよう魂や心を力強く支えてもらい、心の拠[よ]り所になったのは、自然の美や宗教ではなく一人ひとりの仲間の存在でした」と、十年前をそして、この十年間を振り返って述べてくれた。

 当時の状況やこの十年間の歩みに、次世代を担う人々が思いをはせることでつなぐことの必要性、つながることへの確かさを確固たるものとできると思う。そしてこの思いは、これからの日々を看護職として活躍するモチベーションになると信じている。

 次なる自然災害を減災するために、すべての人々が一丸となって備えを進めていきたい。

(福井トシ子 日本看護協会会長、大玉村出身)