蝶々さんの梅

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 樹齢100年を超す梅の古木はみどりの若葉が茂り、青い実をたくさん付けていた。早春のかれんな花もいいが、生命の喜びを感じる新緑の梅もまた、いい▲今年は諫早市出身の脚本家、故市川森一さんの没後10年。市川さんの形見である「蝶々(ちょうちょう)さんの梅」を見るために同市西栄田町の鎮西学院大の中庭を訪ねた▲市川さんは鎮西学院中の卒業生。もともと生家の庭にあった梅の古木を、亡くなる9日前の2011年12月1日に母校に寄贈した。梅の名は、長崎新聞に連載した小説でテレビドラマの遺作にもなった「蝶々さん」にちなみ、市川さんが付けた▲おとといは市川さんの誕生日だった。追悼礼拝「夢記」が学院で開かれる予定だったが、コロナ禍のため昨年に続き今年も中止に。東京在住の妻美保子さんに電話すると「本当に残念です」と声を落とした▲「もう10年。早いですね。市川がいたらコロナを題材にドラマの脚本を書いていたかも」。市川さんならば虚と実を行き来しつつ、辛辣(しんらつ)でありながら最後に救いを用意して、視聴者の心の奥まで届くメッセージのドラマを見せてくれたはず。不在がつくづく惜しまれる▲「送っていただいた梅の実を漬けて梅酒にしています」と美保子さん。古里をこよなく愛した市川さんには最高の供え物だろう。(潤)