菅義偉首相の下で「政と官」の関係に変化はあるか。霞が関改革や日本活性化を唱えるシンクタンク「青山社中」の朝比奈一郎筆頭代表が「マキャベリズム」や「抜かずの宝刀」「回転ドア」のキーワードで読み解いた。
―菅政権の200日をどう評価するか。
良くも悪くも実務家政権だ。華々しいキャッチフレーズよりも実務を優先している。官僚もそこを見て、個別具体的な政策論が重要だと認識している。携帯電話料金の値下げや不妊治療の保険適用が良い例だ。
―官邸主導が強まったと言われる。
官僚側も安倍晋三前首相時代の残像があり、官邸主導で進めると受け止めている。さらに菅氏は内閣人事局の事実上の生みの親で、存分に使った人だ。官僚は人事権に弱い。
―安倍政権との違いは。
スキャンダルが多く、政権発足後のスタートダッシュでつまずいた点だ。官僚も内閣支持率を気にしている。政権が国民に支持されているかどうか、冷静に様子見をしている。
―政策決定の際に役人を排除する動きもある。
官房長官時代のスタイルを首相として行っている。官房長官時代は自分で決めるスタイルで、仕事をさばけていた。首相になれば、案件の大きさ・数や、最終決定の責任の重さが桁違いだ。勝手が違うのに同じ仕事の仕方をしてしまっている。
―「菅一存」と評される。
安倍前首相の秘書官は存在感があった。「安倍1強」は「チーム安倍」としての特徴だった。周辺が安倍氏を助け、内輪の結束が強かった。菅官邸にはまだ見受けられない。若い官房長官秘書官を横滑りさせた影響もあるが、何より首相自身が、自分が判断して決めたいという意向が強い。首相は著書でマキャベリの「政略論」を引用している。マキャベリと言えば「人間は愛よりも恐怖で動く」という考え方だ。物事を動かす上では合理的だが、周りの助言は受けにくい。
―官僚は逆らえば左遷されるという恐怖を抱えているのではないか。
官僚が小粒化している。内閣人事局は役所の縦割りを改善するという時代背景から考えれば必要な制度だ。ただ出来るだけ「抜かずの宝刀」として抑制的に扱うべきだった。
―使い方に問題があるということか。
いざという事態では首を切る姿勢を見せる必要もあった。官房長官時代にやや使いすぎた印象だ。反論を許さない怖いイメージが出来上がってしまった。首相になった今、官僚はさらに恐怖心を抱いている。
―どうすればよいか。
権力を抑制的に使う姿勢を見せるべきだ。官僚側も、国のための政策なら、左遷をいとわず矜持を見せるべきだ。日本学術会議の任命拒否問題も、首相本人が決めてないかもしれない。官僚側が首相の意向を先回りして動いている可能性がある。
―新型コロナウイルス感染症への対応では機能不全が見える。
コロナ対応は、誰が首相になっても難しかった。官邸主導が利かず、厚生労働省も医師会なども思うように動かず、ストレスを抱えているだろう。熱い思い入れがある社会保障政策で評価されず、感染者数が増えれば支持率が下がる相関関係に困っているのではないか。コミュニケーション力という自身の弱点を、発信力がある河野太郎行政改革担当相でカバーする動きも見せている。
―政治主導の行き着く先は、政府の機能不全ではないか。
そこまで悪くなったとは思っていない。仮に内閣人事局すらなかったらどうか。縦割りはひどくなり、役所は権限争いに明け暮れる。それを官邸がコントロールできなければ、目も当てられない状態だった。今は、政権としての方向性は示すことができている。
―各省に人事権を戻す形は考えられないか。
国が抱える課題は複雑化しており、コントロールタワーとして官邸の指導力は必要だ。内閣人事局の本質は、いろいろな考え方があっても最後は官邸の方針に従う体制の担保だ。
―総務省幹部の接待問題などでは、政官関係のゆがみが露呈した。
事務次官など組織のトップに就任することが見えてくると、リスクを取りにくくなる。首相の長男正剛氏の誘いを断るリスクを考えた可能性もある。
―新設するデジタル庁では、外部人材の登用が始まる。
デジタル庁は突破口になり得る。外部人材は組織の論理に染まらず、左遷を恐れない。逆に、官僚が民間に一度出て戻れることも前提にすれば、組織にしがみつかない官僚が生まれる。いわゆる「回転ドア」方式だ。ものを言いやすくなり、国益に資する議論がさらに活性化するはずだ。
―官僚を就職先とする希望者が減っている。
霞が関は非常にやりがいがある仕事ができて、力も付く職場だということをもっとアピールすべきだ。役所に採用活動の専門家が少なく、長期的な組織・人事運営の視点がない。採用と任用を工夫し、社会や国のことを本気で考える人材に、参加してもらえる仕組みをつくることも首相の重要な仕事だ。
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あさひな・いちろう 東大卒。1997年、通商産業省(現経産省)に入省。2005年、実名を出して官僚仲間と霞が関改革を提唱。10年、青山社中株式会社を設立。リーダー育成や国・地域の政策づくりに携わっている。
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