何でもやるぜ!時代劇 大河じゃない「小河ドラマ」の愛と挑戦

 〝非〟本格派時代劇としてCS「時代劇専門チャンネル」などが制作する「小河ドラマ」シリーズ。その最新作「徳川☆家康」の劇場版を、東京・渋谷のユーロスペースで見た。マスク越しに「ブブブ」と漏れ出す笑い。見る者にビンビン刺さる心意気。時代劇を見る機会が減る中、その枠をぶち破って流れ出た「小河」は、時代劇にさして愛着があるわけではない記者でさえ胸を熱くする、つくり手たちの愛と挑戦の轍(わだち)だった。 (共同通信=木原みな子、敬称略)

三宅弘城が家康=ADを演じる「小河ドラマ 徳川☆家康」の一場面(ⓒ時代劇専門チャンネル/カンテレ)

 ▽時代のローション

 2017年「織田信長」から18年「龍馬がくる」、21年「徳川☆家康」と続くシリーズは、劇団「大人計画」の細川徹が全作で監督・脚本を担当。三宅弘城演じる〝本物の偉人〟が現代にタイムスリップし、自分を主人公とする劇中時代劇「小河ドラマ」(もちろん低予算)の制作に参加する、という仕立てだ。「龍馬」から関西テレビ放送が制作に加わり、CSのほか地上波、劇場公開と多メディア展開している。

 「信長」は第1作だったこともあり、助走で勢い余って離陸失敗、だったかもしれない。

 元SKE48の松井玲奈扮(ふん)するディレクターが妄想の中で刀を抜き、使えない上司らを斬り捨てるシーンは一見の価値ありだし、秋山竜次による色黒な信長の意外性も楽しい。でも武将同士がローションを塗りたくる「男色ネタ」はおなかいっぱい。ヌルヌル感で悪酔いしてしまった。

 その点「龍馬」は間違いなく傑作だ。日本を代表する「龍馬俳優」の武田鉄矢が「もう年だから来ないと思ってた人生最後の龍馬役に挑む」という設定で、本人役を熱演。「人の字の成り立ちは…」から「僕は死なんぜよ」まで、過去の出演作からの〝鉄矢パロディー〟が次から次にさく裂し、見る者をブハ、ブハッ、ブハハハッと爆笑の渦に巻き込む。芸の幅と懐の深さはさすがの一言だ。

「小河ドラマ」シリーズの監督・脚本を手掛ける細川徹=3月、木原みな子撮影

 シリーズを貫くのは「偉人はなぜ偉人になったか」という視点だ。例えば「龍馬」の龍馬は「立ちション」はするわ、ナイトプールで豪遊するわ、およそ偉大には見えない。犬猿の薩摩、長州を仲介し同盟に導いた偉業についても「いるだけだった」との証言が飛び出し、あのカッコイイ龍馬像は虚構なのかと本気で悩ませる。

 だが、そこはハートウォーミング・コメディーを得意とする細川。綿密なリサーチに基づく独自解釈をちりばめた脚本が光る。「愛すべきダメ男」を全身で表現する三宅の演技も説得力十分。そして極め付きは「龍馬は時代のローションぜよ!」とまさかのローション回帰だ。今度は不時着することもなく、記者の涙腺はじわりと刺激された。

 ▽AD☆家康

 そして「家康」。細川いわく「家康は年取ってから天下を取るとか、ドラマ的に面白くない。でも、つまらない人が天下を取るから面白いと気づいた時、着地できるなと」。かくして「地味だから」と「☆」を入れられた「徳川☆家康」が誕生した。ちなみに、23年のNHK大河ドラマと主人公がかぶったのは偶然だとか。

「小河ドラマ 徳川☆家康」のメインビジュアル(ⓒ時代劇専門チャンネル/カンテレ)

 今回、家康に与えられたのはローション…ではなくアシスタント・ディレクター(略称AD)の役回り。例によってタイムスリップした〝本物の家康〟(三宅)は、「東京中央テレビ」の「小河ドラマ 徳川☆家康」制作現場でADに。松平健が演じる「時代劇スタアの白川」に家康役をオファーし、「本物の家康とドラマが作れるなら」と承諾させる。

 トレーナー姿で斜めにかばんを提げ、マツケンと並ぶ三宅は小さく見える。その小さな家康が小型犬のようにほえる。「☆はいらぬ!」「この場面カットじゃ!」。史実を曲げてまで、自分を大きく描かせようとする小物ぶり。「なぜこんなヤツに天下が?」と思わずにはいられない。見栄えが悪くともリアルなエピソードにこだわる白川と決裂し、ドラマは打ち切りの危機に。

 だが途中から2人が同じ大きさに見えてくるから不思議だ。演技の妙だろうか。人を畏怖させる白川に食らいつき、ドラマを面白くしようと懸命な家康。やがて和解した2人が周囲を巻き込み、起死回生を狙うあたりから謎の答えも見えてくる。「わしは信長公や秀吉公の下でADをやっとったようなものじゃ」「自分は大した人間ではない。独りでは天下はとれぬ」。仲間を適材適所に配して信頼する家康。その姿は「理想の上司」を想起させた。

「小河ドラマ 徳川☆家康」の一場面。松平健(中央)ら(ⓒ時代劇専門チャンネル/カンテレ)

 そして見せ場の「関ケ原」は、完全に限界を突き抜けた。2・5次元ミュージカル風に鬼と戦い、縄跳びダンスをするマツケン。「全集中!」する彼は恐らく、ここでしか見られない。ネットでバズり、喜ぶ三宅家康。「あらゆる手を使って、勝てる戦にする。それがわしのやり方じゃ」

 2人の家康が天ぷらをつつくラストシーンにしんみりしながら、取材で聞いた三宅の言葉を思い出した。「『小河』はドラえもんみたいだって思うんですよ」。違う時代を生きる者たちが、濃密な時間を共にし、再び別々の道を行く。「ばかばかしいけどちょっと切ない。センチメンタルな部分も『小河』の良さですね」

 ▽まだやれることが

 「大河じゃないよ、小河だよ!」と〝非〟本格派を自任するシリーズの前提には「本格派」が存在する。だが若年層をターゲットとする近年の民放地上波では、費用の課題もあり、時代劇はほとんど制作されていない。

 他方、BSやCSでは、複数企業が協力するなどしてオリジナル時代劇に挑戦しており、中高年のニーズに応えると同時に、時代劇のノウハウ継承にも貢献している。「時代劇専門チャンネル」も10年以降、20作以上を制作、今年3月には「鬼平犯科帳」などの映画化も発表した。

 池波正太郎や藤沢周平らの小説を原作とする本格派を数多く手掛けてきた同社だからこそ〝非〟本格派に挑めたのだろう。時代劇に新風を吹き込もうと制作現場から企画を募り、生まれたのが「小河」だ。チャレンジ精神あふれる演出も、彼らがつくるなら時代劇への冒涜(ぼうとく)とは言えまい。

 「徳川☆家康」で白川が熱弁している。「時代劇が生き残るためなら何でもやる」。これは演じるマツケンの本音でもあるだろう。同じ趣旨のことを、2・5次元の世界へ旅立つ前の取材で記者に語っていた。

 「家康」の劇中ドラマは動画投稿サイトで話題を呼び、海外資本の協力を得て超大作として完結する。この展開も今の時代、夢物語とは言えない。「時代劇でやれることはまだまだある」。白川のせりふに、つくり手たちの思いが凝縮している。

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 「小河ドラマ 徳川☆家康」全4話と特別編「大物時代劇俳優 白川新太郎が編集をしてみた」は「時代劇専門チャンネル」で5月22日夜に一挙放送。番組は他のテレビ局や配信プラットフォームにも販売されており、多様なスタイルで視聴できる可能性がある。詳細は同チャンネルのホームページで。

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