珍楽器奏者が作った「おちょやん」の音楽 のこぎりは泣き笑いの表現にぴったり

 放映中のNHK連続テレビ小説「おちょやん」の劇中音楽を作曲しているサキタハヂメ(49)は、ミュージカルソー(のこぎり)奏者である。「おちょやん」は大阪の喜劇俳優・浪花千栄子(1907~73)の波瀾(はらん)万丈、涙と笑いの人生をもとにした物語。サキタは「のこぎりは楽しくて美しくて泣ける音色を奏でる。『泣き笑い』を表現するのにピッタリです」と話す。

 ミュージカルソーは片刃の西洋のこぎり型の珍楽器だ。サキタはどのようにしてこの楽器に出合い、なぜのめりこみ、「おちょやん」の劇中音楽を作曲するに至ったのか。サキタとサキタの音楽の魅力に迫った。(文中敬称略、音楽ジャーナリスト=原納暢子)

念願かないNHK朝ドラの音楽を全力で作りきって感慨もひとしおのサキタハヂメ。教会、銭湯、博物館など響きの違う場所で演奏してきた

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 「ひゅょ~ん」と幻想的な音がゆっくり立ち上がり、ゆらぎながら広がって独特の音空間を醸し出す。ミュージカルソーは欧米のきこりが仕事の合間に楽しんだのが起源とされ、工具用でも演奏可能だ。基本的に座って弾く。持ち手を太ももに挟み、先端を左手で持って、鋼板がS字にカーブするように親指で押し、背を弓で弾いたり、鋼板をマレットでたたいたりして演奏する。ビブラートはなんと貧乏ゆすり!

 サキタは米国で開催されるミュージカルソーフェスティバル(のこぎり音楽世界大会)で97年と2004年に優勝。オリジナル曲や歌曲、クラシックなど何でも弾きこなし、ソロCDも複数リリース、世界初の「のこぎり協奏曲」を作り、実際にオーケストラと演奏したこともあり、国内外で活躍してきた。

 1971年、堺市に生まれた。高校時代はパンクバンド活動に夢中で、大阪芸術大に進学。だが、アートやイベントの企画・プロデュースを専門とする学科で、作曲は学んでいない。

 ちんどん屋に興味を持ち、大学2回生のとき、ちんどん通信社(現・東西屋)の林幸治郎の門をたたく。そのアルバイトで熱海の大道芸フェスティバルに行ったとき、雨にぬれながら、のこぎり漫談をする噺家(はなしか)・都家歌六(みやこや・うたろく、39~2018)のパフォーマンスを目の当たりにする。衝撃を受けた。

 歌六が「淡谷のり子の声に聞こえましたらおなぐさみでございます」と言って、淡谷のヒット曲『雨のブルース』を弾き始めた。

 「音は泣けるほど美しかったんです。でも、ビブラートをかけるために師匠が脚を揺するたび、履いていた雪駄(せった)がペタペタと音を立てて、泣いていいのか笑っていいのか分からなくて(笑)」

 早速のこぎりを買いに楽器店や金物屋を訪ねるが見当たらず、東急ハンズでやっと購入。バイオリンの弓で弾いてみた。だが、ちっとも鳴らない。3カ月ほどたったある日、のこぎりで「おまえはアホか!」と弾いて笑わせる横山ホットブラザーズの横山アキラ(1932~2020)の演奏を、たまたまテレビで見た。

 「S字にしまんねやわ~」と鋼板をしならせて説明していた。それでコツを会得し、以後、独力で技を磨き続けた。

 歌六にもかわいがられ、1994年日本のこぎり音楽協会関西支部が発足するや支部長に就任。愛奏者の輪を広げていった。95年にはピアノや鍵盤ハーモニカ奏者の新谷キヨシとインストゥルメンタル・デュオ「はじめにきよし」を結成。日常のワンシーンを切り取ったような5分程度のほのぼのした音楽をコツコツ作り、ライブを重ねた。

サキタの弓やマレットは特注品だらけ。弾くとき弓の棹と毛が触れないように間隔が広い。弓マレット一体型は「弾いてたたいて」の演奏用(右上)。左上は鋼板の両面をたたけるY字マレットと弓の一体型

 3年間ちんどん屋三昧だったので、会社勤めを経験したいと、大学卒業後、大阪・船場の呉服屋に就職。5年後に退職して音楽に専念してからは、作曲にも力を入れた。2011年の日本テレビ「妖怪人間ベム」を皮切りに、翌年はその映画版、14年にNHK木曜時代劇「銀二貫」など、ドラマや映画の音楽を次々に手がけた。NHK・Eテレの子ども向け番組「シャキーン!」の音楽は10年以上続投しており、親子で愛唱されている曲もある。

 そして、念願のNHK朝ドラの音楽を担当することに。今年1月に発売された「おちょやん」のオリジナル・サウンドトラックCDには、ユニークな曲調、ユーモラスなタイトルをちりばめた作品が28曲収録されている。

連続テレビ小説「おちょやん」オリジナル・サウンドトラック。収録曲の「カチューシャの唄」は、サキタが学生時代に入門した「ちんどん通信社」の演奏(VPCD-86358、バップ)

 ヒロイン千代の初恋相手の助監督のテーマ「小暮くん」は、口笛や軽めのアコースティックギターが草食系男子を演出するフォーク調。千代たちお茶子が働く芝居茶屋の忙しい日常を描く「ごめんやっしゃ!」はアップテンポのジャズ風、珍事が起きて大騒ぎの「えらいこっちゃ!!クレズマー」は、クラリネットやサックスが東欧の民族音楽・クレズマー風の旋律を奏でる。

 なかでも千代の芸道や劇団への思いを表現した「役者の道」は圧巻だ。弦楽器とのこぎりの響きが神秘的なハーモニクスを形成し、別世界にいざなわれる。サキタにとっても会心の出来だったようで、こう自賛する。

 「弦の響きの上にのこぎりの響きがふんわり乗って、楽譜にない音が広がって…。まるで、雨が上がって太陽の光が射して、さらにきれいな虹も出た…みたいな感じ。千代たちがいろいろ頑張ってきた努力が、天上で結実するような素晴らしい音がとれました。これまでのこぎりを演奏してきた到達点といえる曲です」

【ライブシーンより】Sakita Hajime live digest 2014 03 28

https://www.youtube.com/watch?v=Dl0U-jWjg8s

のこぎりの幻想的な音色が聴衆を包み込む。サキタの特注の弓やマレット使いにもご注目!

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