千客万来が鬱陶しくなったら・・〜『雨はこれから』第66話「虹の予感」より

長年勤めてきたテレビ局を辞め、自由な生活を求めてほぼ廃墟化したカフェを借りて住み着いた松ちゃん。最近急に増え出した訪問者に気疲れしてきて・・
Mr.Bike BGで大好評連載中の東本昌平先生作『雨はこれから』第66話「虹の予感」より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集 by 楠雅彦@dino.network編集部『雨はこれから』

追いかけてくる現実に逃げ越しになる松ちゃん

自由を求めてこのカフェに住み着いた私だったが、貯金は減る一方だし、志した漫画家への道はなかなかに遠い。なのに最近、なぜか来訪者が多く、それはそれで疲れる。いったい全体私はどこまでわがままなのか、自分でも呆れる思いだが、嫌なものは嫌だ。

こりゃ住処を変えた方がいいのかもな・・リセットしてやり直そうか・・・そんなことをつらつら思いながら、なかなか完成しない釜に向かっていた私は、坂を登ってくる車の音に気がついて振り向いた。

車を降りて、滅多に見られないような鬼の形相をして私のほうに近づいてきた運転手は女だった。
なにやってるの⁉︎連絡もしないで! と、その女は大声を上げた。

逆光の中で薄っすらと見えたその顔には見覚えがあった。
「編集さん!」私は驚きの表情を浮かべながら言った。彼女は私が原稿を持ち込んでいる出版社の編集者だった。結果にはつながっていないものの、私の作品に対して真摯に向き合ってくれていることは重々伝わっていた。伝わっていたが、まさかここまで足を運んでくるとは・・・

彼女はたびたび電話なりメールなりで連絡をくれてはいたが、このところ私は成果を出せない漫画執筆作業に疲れを感じていたのか、連絡を返していなかった。それに痺れを切らしたのだろう、彼女は車を飛ばして、こんなところまでやってきた、というわけだ。

ありがたい。本来ならそう感じてしかるべきだろう。
しかし、そのとき私の胸に去来していたのは、今すぐここを離れよう、という思いだった。

そのほうがいい・・・私は本当にそんなふうに思っていたのだった。

他者との接触がなければないで時代に置いていかれるような気がするけれど、人とのしがらみが増えるのはイヤ

編集さんがやってくる数日前のことだった。
乾いた空冷エンジンのけたたましい音が私のドヤに近づいてきた。立石のヨタハチ(トヨタスポーツ800)だ。

彼は営業畑を渡り歩いて2年前に定年退職したのだそうだ。立石と知り合ったきっかけは、彼の車のパンクの修理を手伝ったことだったが、単なる偶然の出会い以来、彼はここに入り浸るようにたびたびやって来るようになった。

正直、鬱陶しいというか、彼のことが苦手なのだが、来るなとも言えない。
まあ、彼は私のことが気に入ったというより、この場所が気に入ったのらしく、むやみに話しかけてはこないから、まだ気は楽なのだが、それでも私としては自由で静かな空間を侵されるのはどうにも勘弁してもらいたいところなのだ。

[古いクルマで飛ばすのが楽しいのよ〜『雨はこれから』第65話「気のいい榴弾」より - dino.network | the premium web magazine for the Power People by Revolver,Inc.]

人付き合いを避けて生きることは寂しいこと?

「悪い人じゃないんでしょうけど」と、炉煎のマスターに愚痴をこぼした。「苦手なんですョ」

ここしばらく週末はマスターにつきあって、オフロードバイクの草レース場にくるようになった私にとって、マスターは数少ない気を置けない年上の友人だ。

「苦手を排除するのも大人かもしれませんが」とマスターは私の愚痴をひととおり聞き終わるとボソッと言った。「そこまで寂しい人にならなくてもいいじゃないですか」

急に人の出入りが激しくなった住処に対して、嫌気が差し始めた私だったが、別に誰彼構わず人に会いたくないと言っているわけではない。人里離れたところに暮らす仙人じゃないんだから、と私は思ったが、マスターには私の我儘に映っているらしかった。

別にそういうわけではないんだけどな、と私は思いながらも、マスターに自分の思いをすべて説明しようとはしなかった。

そして、出版社の編集さんが怒り顔でやってきた。こんな私に関心を持ってくれる稀有な担当だとは思うのだが、今の私にとっては、ここを離れる決意を強いてくる、トドメのよう気がしたのだった。

楠 雅彦|Masahiko Kusunoki

車と女性と映画が好きなフリーランサー。

Machu Picchu(マチュピチュ)に行くのが最近の夢。

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