22歳の新人ビー・ミラーとは?:二人の母親、15歳で家族を養い、片親から金を持ち逃げされたその人生と楽曲

1999年生まれ、現在22歳のシンガーソングライター、ビー・ミラー(Bea Miller)。彼女は13歳の時にアメリカのオーディション番組「The X Factor」に出演して注目を浴びてデビュー。

そんな彼女は、LBGTQ+である二人の母親に育てられましたが、両親二人ともが失業。親と2人の妹を養うためビー・ミラーは15歳から家族を養うことになるも母親一人が彼女のお金を持ち逃げしてしまう……という人生を送ってきました。そんな彼女の人生とそこから生み出された楽曲を、ライターの松永尚久さんに解説頂きました。

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ヒップホップ的なグルーヴと未来的なエレクトロなビートをミックスさせたサウンドにのる、あえて感情を押し殺したようなクールなヴォーカルのインパクトが強く聴いた瞬間にクセになり、2019年に発表した楽曲「Feel Something」がTikTokで34億回以上の再生数を誇るなどロング・ヒットを記録。また2020年に発表されたEP『Elated!』も発表からわずか2ヶ月で3億を上回るストリーミング数を獲得するなど、注目度が急上昇しているシンガー・ソングライターのビー・ミラー。

一聴すると、ハートブレイクな気分をポップに表現している印象なのだが、実は人生について洞察もしている深みのある楽曲が多い。ゆえにそれら楽曲に、自分を当てはめて「沼」のようにハマっていくリスナーが世界中に増殖して、今の現象が起こっているのだ。

 

オーディション番組への出演

ビー・ミラーは、1999年米ニュージャージー州出身。彼女が13歳の頃(2013年)に米人気オーディション番組「The X Factor」のシーズン2に出演。9位でフィニッシュしてしまうものの、その歌声は大きな反響を呼び、翌年にはメジャー契約。2015年に(北米のみで)リリースした初アルバム『Not An Apology』は全米チャート7位にランクインするなどのヒットを記録した。

その後は、フィフス・ハーモニーやセレーナ・ゴメスなどのツアーのオープニング・アクトに出演するなどして、人気と実力を重ねてきた彼女。これまで2作のフル・アルバム、最新作を含め8枚のEPを発表しているキャリアの持ち主となった。また1つの感覚に伴って他の感覚が働く=共感覚(シナスタジア)も備えていて、音楽を聴くとさまざまな色や形などを同時に感じ取れるのだという。その特別な感覚を生かした作品も発表。さらに音楽だけでなく、ティーンエイジャーのいじめ対策をする団体「Ditch the Label」の大使を務めるなど、社会活動にも積極的に取り組んでいる。

 

二人の母親

ローティーンの頃から華やかなショウビズの世界で多くの経験をしてきているビー・ミラー。彼女を物心ついた頃からステージにあげる動機を与えたのが、LBGTQ+である二人の母親という。ビーと二人の妹を育てながら、性的平等性(Equality)を訴える活動もしていたそうで、その姿を見て自分らしく生きていくことの大切さを学んだ様子である。Ad CouncilのYouTube公式チャンネルで公開されたインタビューではさまざまな質問に答えているが、そのなかで「自分にとってのヒーローは?」という問いかけにビーは「母親」と語り、彼女のミュージシャンとして、または人間としての指針を与えてくれた特別な存在であることも伝わってきた。

ビーの育った環境から生まれた感情を表現しているのが「Feels Like Home」といえよう。そもそもは、サム・スミスやカルヴィン・ハリスなどにも楽曲提供しているジェシー・レイエズと共演したラブソング。「私はあまりラブソングを書かないんだけど、彼女とコラボしたことで今までに挑戦したことのない領域に足を踏み込めた気がする。誰かと一緒に楽曲を作ることって素晴らしいって思った」と動画サイトのコメント欄に投稿しているように、大好きな人と過ごす時間を官能的に表現しているナンバーであるが、この楽曲のミュージック・ビデオでは、2組の同性愛カップルとファミリーが登場。誤解や軋轢などを乗り越えながら、かけがえのないパートナーへと成長していく様子を描いたもの(ちなみにビーが、初めて映像ディレクションに携わった作品)。

この映像を通して楽曲に触れると、どのようにして家族(もしくは大切な人と)の絆が生まれていくのか、またどういう環境や嗜好であろうと人を思う気持ちに違いなどないことを改めて感じさせるメッセージ・ソングとしても響くのだ。

 

15歳で家族を養い、裏切られる

実はビーがステージに上がることを決意させたきっかけも、二人の母親がもたらせたものだった。Sidewalk Talk公式YouTubeチャンネルにて公開されているインタビュー動画では、彼女が歌手になったきっかけ、家族との関係性について以下のように語る。

「ターニング・ポイントになった出来事は、母親が共に失職してしまったこと。なんとか生きていくためには、自分がお金を稼がなくてはいけないと思っていた時に、オーディション番組を観たんです。ここに応募したら、自分たちの暮らしが守られると思ったから」

その思いは、先述の通り見事に叶うことになるのだが、やがて得た“富”がささやかな幸せを奪ってしまう。ひとりの母親が、お金を持ち出して家を出てしまったのだ。その当時の心境を「self crucify」という楽曲で吐露している。

ピアノのシンプルな音色からスタートする楽曲。ずっと信じていた人に裏切られ、これからの人生は誰も頼りにせず、自分の足だけで進んでいくという悲しい決意を表現している。また、この楽曲のミュージック・ビデオは、彼女の表情だけが映し出され、時に涙を流しながらその苦しい胸の内を曝けだしている印象。どんなに時間が経過しても決して癒えることのない傷、だがそれを抱えながら何とか前に進んでいこうとする、彼女の強い眼差しに釘付けになってしまう仕上がりだ。

「self crucify」を含め、ビー・ミラーの綴る音楽は“独立心”を感じさせるものが多いのも特徴だ。しかも、それらは前向きなものではなく、さまざまなことを考えた挙句、最善の手段として“仕方なく”選んだものとして描かれている。

 

無償の愛と現実逃避

2019年にリリースされた「it’s not u it’s me」も同様だ。これまで無償の愛を捧げてきた相手に対して、後ろ髪をひかれながらも、これからの自分のためにクールに装って別れを告げる姿を、6LACKのヴォーカルや、印象的なコーラスなどを交えて、カラッとポップに表現しているダンス・ナンバー。Geniusのインタビューではこう答えている。

「自分が気にかけている人がそばにいると、色々なことをしてあげたくなる、その瞬間は自分がそうしたいから、自分が純粋に望んでいるからやっていること。だって、気にかけている人を喜ばせたいと思う瞬間は、誰にでもあるものでしょう? でも、やがて相手はその無償の愛を当然のものと思い始め、自分からあまりにも多くのものを奪っていく。結果、一日の終わりに何も残っていない自分がいることに気づき、自分の人生を生きられなくなってしまった感覚に陥ってしまう。結果、周りの人を嫌いになったとか、ネガティブな感情だけを抱くようになるという悪循環が生まれる。それを断ち切るためには自分から別れを告げることが最善だと判断しただけ。あなたのせいでは決してなく、ただ私が私のためにあなたと別れるだけだということを、この楽曲では伝えたかった」

またこの楽曲のミュージック・ビデオもカラフルで心を弾ませる内容であるが、歌詞を通して観ると「現実逃避」している様子が伝わってきて、胸を締め付けられる。

楽曲を耳にする限りではあるが、自分のことは後回しにして、周りの人の幸福を最優先する性格の持ち主である様子のビー。だが、「他者のことを考えすぎるがあまり、自分のことを見失ってしまい、あらゆる感情の機能が停止してしまった時期があった」と雑誌EUPHORIAのインタビューで語っている。

「どんな音楽を聴いてもまったく心に響かなくて、自分はこの世界から孤立している気分になった時期があった。自分がこの世界に浮遊しているだけって感じで。これだったら、たくさんの苦しみや悲しみを抱えていた小さい頃の自分の方が幸せだったんじゃないかって。生きている感覚を確かめることができたから」

心が空っぽの状態のなかで描かれたのが、話題の楽曲「Feel Something」なのだ。「リアルな人としての感覚をただ取り戻したいだけ」という心の叫びを、軽やかかつバウンシーなサウンドを駆使して表現している。ミュージック・ビデオでは宇宙飛行士になった彼女が、感情を取り戻すために異星人のいるクリニックに診断へ行くというシュールな内容。

この楽曲を制作したことで、彼女のなかで起伏のある感情が蘇ってきた様子だ。同時に、今後の活動ヴィジョンに関しても見えたものがあると、同雑誌インタビューで語る。

「これからさらに自分に正直な音楽を作っていくと思います。それは万人受けするようなものにならない可能性もある。でも、まず自分が心地いいと思える音楽を発信しなければ、他の人を満足させるものなんてできるはずがない。満足してくれる人は少数派になるのでしょうが。でも、今後はそこに焦点を当てた音楽で活動をしていきたいです」

また、ソーシャル・メディアとの向き合い方にも、独自の感覚を持っているようだ。

「私は、1970年代に活動できたらよかったなって思うんです。だって、あの頃はソーシャル・メディアは誕生しておらず、人々は作られる音楽や関連するヴィジュアルのみで好き・嫌いを判断してもらえていたから。それに私自身も、ミュージシャンが普段どんな生活をしてどんな格好をしているのかなんてあまり興味がないので。ただ、たくさんのファンの方々とダイレクトに交流できることは、とてもクールだと思うけれど」

音楽に自分のすべての生きざまを刻みつけようとするビー・ミラー。彼女のまっすぐな姿勢が、誰しもが持つ不安や闇を優しく包みこみ、そして新たな「共感覚」をもたらすことになるのだろう。

Written by 松永尚久

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