世界文化遺産・原城跡 保存と振興…両立に難題 南島原市、活用計画策定 「夢一夜城」現地設置へ前進

春恒例「原城一揆まつり」のシンボル「夢一夜城」

 世界文化遺産の保存と地域振興をどう両立させるか。登録地が抱える難題に南島原市も直面している。「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産の一つ、原城跡(南有馬町)では登録を機に、春恒例の「原城一揆まつり」で名物の巨大ベニヤ製「夢一夜城」が現地に建てられなくなり、市民に不評だ。市も対策に動いているが、次の“築城”はいつになるか-。
 「一揆まつり」は、島原・天草一揆(島原の乱、1637~38年)の犠牲者を追悼しようと、1991年に開始。市民のちょうちん行列のほか、96年から2018年まで原城跡に毎年“築城”していたベニヤ板製の「夢一夜城」(高さ約15メートル)は、まつりのシンボルとして地域住民や観光客に人気だった。
 市文化財課は登録翌年の19年、主会場となる「二ノ丸跡」の地下遺構の確認作業を実施。実行委は夢一夜城の設置を見送り、代替策として約2キロ離れた同町の南有馬運動公園グラウンドに建てた。実行委の内山哲利・南島原ひまわり観光協会長(73)は「夢一夜城は市民に好評だったが、運動公園に設置した際は、風情がないなどと市民からブーイングを浴びた」と振り返る。
 原城跡を巡っては、18年9月、市が文化庁の許可を得ずに「二ノ丸跡」の一角に砂利を敷き、史跡を無断で現状変更した問題が表面化。同年10月に砂利を撤去し、文化庁に顚末(てんまつ)書を提出した。文化財保護法は、史跡を現状変更する際は文化庁に届け出て許可を得るよう定めている。
 市は今年3月、原城跡の保存・活用の指針として新たな「史跡原城跡保存活用計画」を策定。原城跡の活用を目的としたイベントで仮設工作物を設置する場合、工作物を固定するための杭打ちは「地形に影響を及ぼす行為」として原則禁止とした。
 ただ、発掘調査で「地下に遺構が存在しない」と判断可能な場合に限り、目的に見合った規模や必要最小限度の範囲で認めるとした。実行委が同計画に基づいて申請すれば、「夢一夜城」の設置も可能となった。
 夢一夜城を築城する地元の町おこし団体「歓皆(かんな)の会」会長の中村議市さん(67)は「コロナ禍で昨年同様、今年も開催は未定だが、光が差した。秋開催が実現すれば、来場者の安全と原城跡の保全を第一に市や組み立て業者などと協議し、夢一夜城の設置方法を考えたい」と意気込む。

2017年4月に開催された「原城一揆まつり」。ちょうちんを手に練り歩く市民ら=南島原市、原城跡

© 株式会社長崎新聞社