「五輪の名花」チャスラフスカさんが伝える激動の生涯

東京五輪へ、博物館で企画展

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 強く、美しく、しなやかに―。1964年東京五輪の体操女子で金メダル3個を獲得し、華麗な演技から「五輪の名花」「東京の恋人」とうたわれた故ベラ・チャスラフスカさん(チェコスロバキア=当時)の激動の生涯を振り返る企画展(日本オリンピック委員会主催)が4月14日、東京五輪開幕100日前に合わせて東京都新宿区の五輪博物館「日本オリンピックミュージアム」で始まった。

 5年前に74歳で病死し、来日して東京五輪を観戦する夢はかなわなかったが、信念を曲げずに政治的混乱を乗り越えた生きざまを表現する言葉の数々、日本と強い絆があった選手時代の写真や五輪メダルなど思い出の品が展示されている。彼女が愛した「日本のサクラ」も展示品に彩りを添えるデザインでちりばめられた。企画展は5月30日まで。(共同通信=田村崇仁)

「日本オリンピックミュージアム」で始まった体操女子の故ベラ・チャスラフスカさんの企画展

 ▽東京五輪で人気を誇った「名花」

 「日本人の心」を愛し、東京で咲いた「名花」は日本国民の絶大な人気を誇った。亡くなる2年前の2014年、チェコのプラハでインタビューする機会に恵まれたが、当時も華のある美しさは変わらなかった。1964年東京五輪の思い出を聞くと「日本の観客は遊び心があって、ウルトラCに挑戦すると大きな拍手で喜んでくれた。演技の芸術性を見てくれた」と笑顔で振り返り、美しい「体操ニッポン」の象徴だった東京五輪男子個人総合王者の故遠藤幸雄さんら日本選手団との強い絆を懐かしんだ。競技面で強い影響を受けて練習したという遠藤さんとの写真も飾られている。

東京五輪で三つの金メダルを獲得したチャスラフスカさん=1964年10月、東京体育館

 ▽メキシコ五輪ではソ連に無言の抗議

 「私は競技中も最後まで諦めませんでした。人生もスポーツも同じだと思っています。そして人生にはスポーツ以上に多くの敵がいます」

 華やかな競技生活の一方、波乱に満ちた人生を物語る印象的な言葉も紹介されている。

 1968年の「プラハの春」で母国の民主化を支持する「二千語宣言」に署名したことで長らく政治的弾圧を受け、職を失うなど苦難を経験した。「プラハの春」弾圧のために侵攻したソ連軍から逃れ、68年メキシコ五輪直前には山小屋に潜んで練習。個人総合2連覇のほか種目別で3種目を制し、民主化の機運に盛り上がる国民を勇気づけ、スポーツの枠を超えた人気を手にした。

 着用した黒いレオタードはソ連への抗議の意志を示していたとされ、金メダルを分け合った種目別床運動の表彰台では会場に響くソ連国歌に顔を背け、無言の抗議を行った。

 「五輪では政治的な行為は慎まなくてはなりません。だからぎりぎりの線を考えて顔を背けました」との言葉も写真とともに掲載されている。

 ▽メールにサクラと1964の文字

 しかしメキシコ五輪から帰国後は共産党政権に国家の敵とみなされ、スポーツ界から追放、仕事を奪われた。署名撤回を求める秘密警察の尋問にも「恥ずかしいことは一度もしていない」と屈せず、信念を貫いた。

 約20年に及ぶ苦難の時代、日々を支えたのは日本からの励ましの手紙でもあったという。「山あり谷ありの人生。社会と断絶した時は大好きな日本の桜を油絵で描き、家宝の日本刀を見て耐える力をもらった」と振り返った言葉が心に残る。

インタビューに答えるベラ・チャスラフスカさん=2014年9月、プラハ(共同)

 1989年の民主化運動「ビロード革命」後に社会的地位を回復し、大統領補佐官やチェコ・オリンピック委員会会長などを務めた。95年に国際オリンピック委員会(IOC)委員にも就任。家族のトラブルに心を痛めて長期療養した時期もあったが、チェコ日本友好協会の名誉会長を務め、東日本大震災の復興支援などにも力を注いだ。

 プラハの自宅には「日本精神の象徴」として贈り物の日本刀を飾っていた。メールアドレスには「サクラ」と「1964」を組み合わせた文字を使って日本への深い愛情に包まれた生涯だった。

 ▽世界平和に貢献する五輪精神の象徴

 展示会のオープニングにはチェコ大使も出席。「美しい人」と題されたドキュメンタリー映像も一部紹介されている。

故ベラ・チャスラフスカさんの企画展に並ぶメダルなど

 「スポーツを通して心身を鍛錬し、あらゆる違いを超えて互いを理解し、世界平和に貢献する」という「五輪精神」をまさに体現したのが彼女の足跡と紹介された。

 新型コロナウイルスの再拡大で逆風に揺れる東京五輪は開幕まで100日を切った。先行き不透明で困難な時代だからこそ、人間として強く、美しく、信念を曲げないしなやかさをまとったチャスラフスカさんの生涯に触れることは、多くの人にとって意義があるだろう。