【MLB】ダルビッシュやCY賞左腕を次々獲得… 斎藤隆氏が語る“変わり者”パドレスGMの真骨頂

パドレスのAJ・プレラーGM【写真:Getty Images】

地区8連覇中のドジャースを止めるべく、オフに先発3投手を補強

ドジャースが地区8連覇と圧倒的な強さを誇るナ・リーグ西地区で、今季その牙城を崩そうという勢いを見せるチームがある。15年ぶりの地区優勝を狙うパドレスだ。フェルナンド・タティスJr.、マニー・マチャド両内野手といった活きのいい打者に加え、オフにはダルビッシュ有、ブレイク・スネル、ジョー・マスグローブと先発3投手を補強。チームを一気に完成形に近付けた。

22歳のタティスJr.に14年総額3億4000万ドル(約367億円)の大型契約を提示したり、まさかの先発3枚獲りに踏み切ったり、球界を驚かせるニュースを提供し続けた中心人物が、AJ・プレラーGMだ。2014年8月の就任以来、万年Bチームだったパドレスを着実に強化してきたプレラーGMとは、どんな人物なのか。2015年から2019年までアドバイザーとして、パドレスのフロントオフィスで経験を積んだ元メジャー右腕・斎藤隆氏に聞いた。

細身で中背の体に、オーバーサイズのシャツとベージュのチノパン。サファリハットを被り、スコアカードを片手にバックネット裏からグラウンドへ注ぐ眼光は鋭い。だが、物腰柔らかい口調で話す、ややもすると頼りなさげな様子のこの男性を、一見してメジャー球団のGMと見抜ける人はいないだろう。斎藤氏も「パドレスにいた頃『あの人がうちのGMだよ』と言っても、必ず『え、どの人?』と聞き返されました」と笑いながら振り返る。

ニューヨーク州出身の43歳。名門・コーネル大学でルームメートだったジョン・ダニエルズ(現レンジャーズ球団社長)に触発され、メジャー球団のスカウトやフロント業務に興味を抱くようになった。卒業後にフィリーズのインターンとして球界に足を踏み入れると、ドジャースでは名スカウト、ドン・ウェルキ氏に師事。2005年、ダニエルズのレンジャーズGM就任に伴い、同球団の国際スカウト部長に就任すると、中南米からアジアまで所狭しと飛び回り、スカウティング活動に励んだ。2014年にパドレスGMに就任した後も、いい選手がいると聞けば自ら足を運んで視察を続ける。

「彼は1年中、24時間ずっと野球のことだけを考えている、そういう人です。もちろん、趣味のバスケットボールをする時間もあるけれど、晩ご飯を一緒に食べに行っても、お酒の席になっても、ずっと野球の話。『この選手とこの選手だったらどちらがいい?』と選手の評価を聞くんです。聞かれた方は自分の選手の評価方法を試されているようで、一気に背筋が伸びてしまう(笑)。まさに野球脳の持ち主ですよね」

その頭に蓄積された情報量は桁違いだ。メジャーからドミニカンリーグまで、パドレス傘下8チームに所属する150人超の選手のデータはもちろん、他球団のマイナー選手の情報も網羅。アマチュア選手に関する情報量も豊富で、ドラフト直前に行われる球団内のミーティングでは「スカウトが報告する話を彼はすでに知っていて、漏れた情報について『これはどうなっているの?』と聞く。だから、パドレスのスカウティングレポートは、野球に関することから性格や家族環境まで、本当に細かいものでした」と斎藤氏は語る。

パドレスのAJ・プレラーGMについて語る斎藤隆氏【写真:小林靖】

口癖は「ディテール」、フロント内での白熱した議論を“演出”

パドレスのフロント在籍時は日本でスカウティング活動もしていた斎藤氏が、プレラーGMの口から何度も何度も聞いたのが「ディテール(詳細)」という言葉だ。

「『ディテール』にはこだわっていましたね。どんなことでもいいから情報が大切。チームを作る上で、人間性という部分をかなり重要視していました。決していい選手だけを集めようというのではなく、今のチームに必要なのはどういうタイプなのかを考える。2018年オフにマチャドを獲得するか、(ブライス・)ハーパーを獲得するかとなった時、それを強く感じましたね。みんなが『どちらがいい選手だ』と議論している時に、プレラーGMは『どちらがうちのチームに合う? うちにはどちらが必要だ?』と聞く。いい選手でもチームに合わなければいらない。その正確な判断をするためにもディテールが大事なんですね」

結局、パドレスはマチャドと10年3億ドル(約324億円)の大型契約を結んだわけだが、プレラーGMはフロントオフィスの全メンバーに意見を求めたという。もちろん、斎藤氏もその1人だが「僕にまで意見を聞いてくれた」と驚く。活発な意見交換と誰でも意見を言える環境作りは、プレラーGMの根幹をなすところでもある。

「人を叱っているところは見たことがないけれど、わざと議論が白熱するように仕向けるところがあるんです。フロント内でぶつからせることもよくあった。ミーティングの場でデータ組とスカウト組の意見がぶつかるように、あえて互いに質問を振り続けるんです。意見のぶつかり合いでミーティングがフリーズすることは日常茶飯事。徹底的に意見交換をさせることに、チームを強くする秘訣を見出しているのかもしれないとも思います」

本拠地球場に人工雪を降らせてみたり、即席バスケットボールコートを設置して老若男女や障害者ら全ての人に解放したり、時には「日本人投手だけのブルペンが作りたい」と言い出したり……。常人の枠にはまらない発想力、行動力を持つがゆえ、変わり者と思われることも少なくない。だが、常にブレずに中心にあるのは「勝つためには何が必要か」という想いだ。

GM就任1年目の2014年オフ、プレラーGMはマット・ケンプ、ウィル・マイヤーズ、ジャスティン・アップトン、ジェームズ・シールズ、クレイグ・キンブレルら屈指のトップ選手たちをトレードやFAで獲得するなど、ド派手な補強で球界の注目を集めた。だが、2015年シーズンを地区4位で終えると、惜しげもなくチームを解体。シールズ、キンブレルらをトレード放出する代わりに、タティスJr.、マニュエル・マーゴットらトッププロスペクトを獲得し、30球団で最下位を争うマイナー選手の層を、わずか数年でトップレベルへと押し上げた。

狙ったプロスペクトをトレードで獲得「一番評価されるべきところ」

「1年目オフの補強は、勝っても負けても必ず解体して、翌年からチームの基礎を固めよう、というオーナーとの話し合いがあったようです。結果として、最低レベルだったプロスペクトランキングを1、2年でトップまで持っていった。日本ではあまり伝えられていない部分だとは思いますが、まだメジャーで結果を残していないプロスペクトに狙いを定め、他の選手を動かしながらトレードで獲得するやりくりをする。活躍している人を大金を払って獲得するより、こういうトレードの方が実は難しいところだし、一番評価されるべきところだと思いますね」

目に掛けながら大事に育てた有望株たちを、このオフにはダルビッシュ、スネル、マスグローブを獲得するためにトレードで放出。「すごく可愛がっていた選手も、勝つためにパッと放出する。選手の商品価値を下げないためにどうしたらいいのか、常にビジネスマンとしての視点で一線を引いているところがありますね」と斎藤氏は話す。

斎藤氏がパドレスに加わり2年目の2016年オフ、折に触れてプレラーGMから「ダルビッシュをどう思う?」と聞かれたという。「もちろん、いいピッチャーだけど獲れるの?」と聞き返すと、決まってニヤッと笑って姿を消した。それから4年後、ダルビッシュはパドレスの一員となったわけだが、右腕がレンジャーズと契約した当時、国際スカウト部長として獲得に尽力したのがプレラーGM。斎藤氏は「レンジャーズで獲得した時の想いが残っていたんでしょうね」という。

プレラーGMの下で「本当に勉強になったし、プライスレスな経験を積めた」と斎藤氏。ドジャースOBではあるが、今はどうしてもパドレスの勝利を願う自分がいるという。

「悔しいけれどドジャースはいいチーム。勝ち方を知っています。ただ、タレントが揃ったパドレスも十分、優勝のチャンスがある。ここ2、3年がすごく面白いチームだと思うので、球団史上初のワールドシリーズ優勝に期待したいですね」

就任8シーズン目で、ついに結果を出すことができるのか。プレラーGMの手腕に注目だ。(佐藤直子 / Naoko Sato)

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