長期にわたる勾留 性暴力の被害も 南アフリカ、移民が直面する現実

南アフリカの国境の町のシェルターで過ごす移民の男性 長期間留め置かれる人びとも多い=2019年 © Luca Sola

南アフリカの国境の町のシェルターで過ごす移民の男性 長期間留め置かれる人びとも多い=2019年 © Luca Sola

深刻な経済危機が続く、アフリカ南部のジンバブエ。生きるために、多くの人びとが故郷を離れて隣国の南アフリカ共和国(以下、「南アフリカ」)へ移った。しかし、南アフリカで待ち受けていたのは、激しい外国人嫌悪や雇用主からの搾取だった。不当に長期間勾留されるケースも後を絶たない。

移動する人びとの援助活動を統括する上西里菜子の報告を交え、現場からの声を伝える。 

「病院から追い返された」 限られる医療へのアクセス

南アフリカと国境を接するジンバブエ南端の町、ベイトブリッジ。朝5時、入国審査場を抜けたバスが何台も町に到着した。バスに乗っているのは、南アフリカから戻ってきたジンバブエの人びとだ。

バスで運ばれてきた67歳のある女性は、昨年3月に南アフリカでのう胞と診断された。病院で処置を9日間待ち続けたが、結局治療を受けることはできなかった。「病院から病院へ3回もたらいまわしにされた挙句、言われたのは『国に戻って、新型コロナが落ち着いたらまた来るように』という言葉でした。それでもうジンバブエに帰って来ようと決めたんです」

彼女はすぐに国境なき医師団(MSF)が支援する診療所で診察を受け、事情は社会福祉局に伝えられた。

また、バスには妊娠中の若い女性もいた。彼女はヨハネスブルグの南の大規模な旧黒人居住区ソウェトで、産前ケアを受けようとしたが拒まれたという。「病院を何カ所も訪れましたが、パスポートも身分証明書も在留許可証もなかったので、追い返されてしまいました」

南アフリカ政府は、妊娠中と授乳期のすべての女性の受診料を撤廃したが、外国から来た移民にはいまなお大きな壁が存在する。 

南アフリカで移民として暮らす人びとは医療へのアクセスが限られる © Luca Sola 2019

南アフリカで移民として暮らす人びとは医療へのアクセスが限られる © Luca Sola 2019

施設での性暴力も── 移民の置かれた状況を調査

プロジェクト・コーディネーターの上西里菜子© MSF

プロジェクト・コーディネーターの上西里菜子
© MSF

南アフリカに移った人びとの身に何が起こっているのか──。MSFは、南アフリカからジンバブエに帰国した人びとの声を聴き、その状況が健康にどのような影響を与えているのか調査を行っている。

「南アフリカで人びとが経験したことを深く理解することで、ジンバブエに戻ってきた人たちへよりよいサポートをすることができます」。そう話すのは、ベイトブリッジで援助活動を統括する上西里菜子だ。

帰国者への聴き取り調査により、多くの人びとが南アフリカで勾留施設に留め置かれた経験があることが明らかになった。「驚いたことに、回答者の4人に1人は、3年以上勾留させられていました。医療や基本的な公共サービスを受ける機会も非常に限られています。これは医療と人権の深刻な問題です」と上西は憤る。

移民は、在留許可証の不携帯や期限切れを理由に、即時拘束されることも少なくない。拘束されると、警察署か刑務所、または送還センターに送られる。以前から、一部の施設で性的暴行が頻発していることが報告されていた。

ある若い移民の男性は、南アフリカの首都プレトリアの街中を歩いていたところ、パスポートの不携帯で警察に拘束された。MSFのカウンセラーであるイスラエル・チンゴショはこう話す。

「彼は極悪な犯罪者たちと一緒に勾留され、そこで性的暴行を受けてしまったのです。精神的なダメージを受け、幻覚を見るようになりました。受刑者に性的虐待を受けそうになるという幻覚です。MSFはこの男性に心理的応急処置( サイコロジカル・ファーストエイド:PFA)を提供するとともに、故郷に帰るための交通費などを支援しました」

収容所の中からフェンス越しに空を見上げる男性 🄫 Luca Sola

収容所の中からフェンス越しに空を見上げる男性 🄫 Luca Sola

2割以上が自殺を考えたと回答

南アフリカ北端の町ムジナは、ジンバブエと接する国境の町だ。ここで移民の人びとは平均9カ月、ジンバブエ人女性の場合は16カ月もの長期間、留め置かれるという。

アフリカ南部の移民問題を担当するヴィナヤク・バルドワジはこう説明する。「南アフリカに入国した場所でしか在留許可証を更新できないという政策のため、多くの移民がムジナに戻って許可証の更新を待ち続けているのです。そのため、宿泊施設や保健医療施設は受け入れ能力を超えてひっ迫しています」

今回の調査で、ムジナに滞在した移民の23.74%が自殺や自傷を考えたことあると回答した。ムジナの女性向け滞在施設のソーシャルワーカーであるシスター・フランシス・グローバン氏はこう話す。

「心に深刻な問題を抱える女性の数が増えています。そもそもの原因は出身国でのひどい状況にあるのだと思いますが、南アフリカで保護の手続きに時間がかかりすぎることも原因の一つです。宿泊施設は過密状態でストレスが高まる上、家族に連絡を取りたくても許可がないために施設を出られないのです」 

ムジナの宿泊施設で過ごす女性 🄫 Luca Sola

ムジナの宿泊施設で過ごす女性 🄫 Luca Sola

移民政策の改善を

移民問題を担当するバルドワジはこう話す。「今回の調査で、南アフリカでの移民に関する手続きの問題が明らかになりました。許可証の更新が間に合わず期限が切れてしまった人の多くは、非人道的で違法な拘束を強いられた末に送還されるのです。新型コロナウイルスが流行する中で、感染リスクも高くなってしまいます」

ベイトブリッジのMSFチームの報告では、国境で新型コロナウイルスの検査を受けた、南アフリカからジンバブエへの帰国者の80%が陽性だったという。

今回の調査を踏まえ、MSFは、南アフリカが移民の現実を直視し、公衆衛生上の課題を解決する政策を進めるよう求めていく。 

毛布の受け取りに並ぶ、南アフリカ国内のシェルターで暮らす移民の人びと © Tadeu Andre

毛布の受け取りに並ぶ、南アフリカ国内のシェルターで暮らす移民の人びと © Tadeu Andre

【参加者募集】 オンライン講演会 「知られざる苦難 生きるために南アフリカを目指す人びと ~ジンバブエから生中継~」

移動する人びとにケアを提供するプロジェクトで活動する上西里菜子が、南アフリカを目指す難民・移民が置かれている現状や課題、健康被害や新型コロナの脅威など、ジンバブエから生中継でお伝えします。
■日時:2021年5月27日 (木) 19:00~20:00
■参加無料
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