孔鉉佑中国大使の暴言、日本は対中制裁を|和田政宗 中国大使館のホームページに掲載された孔鉉佑駐日中国大使のトンデモ論文。いま孔駐日大使をはじめとする世界各国の中国大使の動きを見ると、中国が対外宣伝工作を強化していることが分かる。そして、このように中国が対外宣伝工作を強めているのは、習近平国家主席が自らへの権力集中を進めようとしているためである。  

「2027年」が意味するもの

2月号の『Hanada』で、櫻井よしこ先生が強く批判した駐日中国大使・孔鉉佑氏による「中国関連の問題を見るいくつかの視点」との論文。昨年9月に中国大使館のホームページで公表されたものである。

内容は、香港弾圧の正当化、尖閣諸島の領有権主張をはじめ、わが国にとって全く許容できないもので、特に尖閣については、「過去長い期間、釣魚島の権利擁護について自制的態度を続けてきた。だが2012年、日本政府が釣魚島のいわゆる『国有化』を実施し、釣魚島の『現状』を変えたため、中国は公船派遣による釣魚島海域の法執行パトロールを含め、必要な対応をとらざるを得なくなった」と、さも尖閣は中国の領土であり、日本側がちょっかいを出しているかのような主張を展開している。いままではこうした先鋭的な発言は、日中間の外交交渉の席上ではあったものの、一般への発信はほとんどなされてこなかった。

では、なぜこのような発信が行われるようになったのか。孔駐日大使をはじめとする世界各国の中国大使の動きを見ると、中国が対外宣伝工作を強化していることが分かる。そして、このように中国が対外宣伝工作を強めているのは、習近平国家主席が自らへの権力集中を進めようとしているためである。

これは、昨年10月の中国共産党中央委員会全体会議(五中全会)に表れている。この会議では、史上初めて「2027年人民解放軍結成100年、建軍100年奮闘目標」というフレーズが出てきた。この2027年という数字は何か。実は、習近平国家主席と大いに関係する。

習近平主席の2期10年の任期は2022年に終わるが、中国では2018年に憲法改正が行われ、習主席は2022年以降の3期目に突入することが可能となった。

一石二鳥の対外宣伝工作

この3期目の任期が終わるのが2027年である。2027年という数字を明示したことは、最低2027年までは自らが国家主席であり続けるということを意識したものであり、3期目突入を目指すなかで習主席は権力集中をさらに図ろうとしており、対外宣伝活動により「習近平による強い中国」を国民にアピールし、国内世論の支持を高めるとともに、閣僚や外交官に積極的に宣伝工作活動をさせて自らへの忠誠の度合いを見ようとしている。

昨年11月に、中国の王毅外相が訪日した時の尖閣に対する主張などもその一環と見られる。王外相は日中共同記者会見の場で、一方的に尖閣の領有権を主張するなど日本が到底受け入れられない主張を展開し、翌日、首相官邸で菅総理に面会したあとの記者による囲み取材のなかでも同様の発言を行った。 この時、日本語がペラペラの王毅外相は日本語で答える形式も取り得たが、中国語で記者に対応し、一方的な主張を展開した。この主張は、すぐに中国版ツイッター「ウェイボー」に転載され、中国国内では「よくやった」の声が相次いだ。すなわち、王毅外相は中国国内向けに「私は宣伝工作活動をしっかりやりましたよ」とアピールしていたのである。

現在、習近平主席は江沢民派を駆逐しつつあり、権力掌握が進んでいる。さらなる権力集中を進めるために、対外宣伝工作は、自らへの忠誠の確認と国内世論の支持を高めるという一石二鳥の手段なのである。 こうして過激化した外交官による中国の好戦的な外交手法は、中国の近年の大ヒット戦争アクション映画『戦狼』になぞらえて「戦狼外交」と呼ばれ、中国国内では高い評価が続いている。中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報英語版は昨年4月、戦狼外交について、「中国が唯々諾々と従う時代は遠く過ぎ去った。中国は台頭し、国益の保護を明確に要求する」 「中国人は外交問題に敏感になった。国民はもはや外交のトーンだけでは満足できない」と支持する論評を行い、習主席を後押しした。

「習近平外交思想研究センター」を設立

このように戦狼外交が強まった発端は、習主席が2019年9月に中国共産党中央党校青壮年幹部研修班開講式で行ったスピーチにあるとみられる。このスピーチにおいて習主席は、「我々は改革・発展・安定、内政・外交・国防、党運営、国家運営、軍運営の全てに『闘争精神』を発揚し、『闘争能力』を高めることが必要」と述べた。

そして、習主席の強い外交姿勢を国家全体に反映させるため、「習近平外交思想研究センター」が昨年7月、北京に設立された。

国営新華社通信によれば、「全国の研究資源を統括し、習近平外交思想の研究、詳説、宣伝普及を全面的、系統的に深く進め、習近平外交思想について根源的、理論的、実践的、波及的、政策的、専門的研究を行い、外交実践に対する指導的役割を発揮」することが目的だとしている。

さらに、昨年11月には前外相である楊潔チ中国共産党中央政治局委員兼党中央外事工作委員会弁公室主任が「レッドライン思考、『闘争精神』を保持し、『闘争能力』を増強し、国家利益を有効に守らなければならない」と人民日報に寄稿し、習主席の前年の発言を改めて引用し、国民に呼びかけた。

この「闘争精神の発揚」 「闘争能力を高める」ことによって国民の支持を向上させることが戦狼外交の主目的であり、昨年以来、中国発で蔓延した新型コロナウイルス感染症についても対外宣伝工作を強化している。

中国国内の新型コロナ対策への不満や不安をそらすためにも重要であり、習主席が出席して開かれた昨年2月末の中国共産党中央政治局常務委員会では、「対外宣伝・説明」を強化することが明示された。

この指示に基づき、世界各国で駐在大使などが宣伝工作を行ったが、「戦狼外交」は中国国内で好評である一方、欧米各国における中国への反発を強める結果となった。

世界各国で行われている

まず、米国に対しては趙立堅外務省報道官が昨年3月、ツイッターで、「米軍が新型コロナの感染を武漢に持ち込んだのかもしれない」と発信し、米国の反発を招いた。

フランスにおいては、昨年4月に在仏中国大使館がホームページで、新型コロナの中国責任論を批判しつつ、「フランスの介護施設では看護者が夜勤を放棄し、入居者らを飢えと病気で死なせた」などと主張。フランスのル・ドリアン外務大臣が中国大使を呼びつけ、「事実でない」と強く抗議する事態に発展した。

また、英国では昨年7月、劉暁明駐英国大使がBBCの番組に出演した際に、中国国内でウイグル人が目隠しされ、次々に連行されて列車に乗せられる映像についてコメントを求められ、「何の映像かわからない」 「新疆は最も美しい場所」と主張し、英国世論の反発を買った。

これに加え、昨年9月、孔鉉佑駐日大使による「中国関連の問題を見るいくつかの視点」との論文が発表されたわけだが、その後、11月には在豪中国大使館が豪州メディアに対し、豪州における外国からの干渉防止の法律制定や5Gからのファーウェイ排除等14項目にわたる豪州に対する不満をまとめた文書を配布し、「中国を敵とするならば、中国が豪州の敵となる」と発言。モリソン豪首相は「圧力に屈しない」と激烈に反発した。

習近平に対する評価は過去最低

こうした「戦狼外交」は、欧米各国の反発のみならず、各国国民における中国への警戒感を強める結果にがっている。昨年10月に発表された米世論調査機関ピュー・リサーチセンターの調査によれば、主要先進国の対中世論は過去1年間で軒並み悪化し、12カ国中9カ国で過去最低を記録。習近平主席に対する評価も10カ国で過去最低となった。

特に、過去1年で中国に対する否定的な見方が急上昇したのは、豪州(+24%)、英国(+19%)、ドイツ、スウェーデン、オランダ(いずれも+15%)、米国(+13%)などとなっている。中国への反発や警戒感について、「戦狼外交」は火に油を注いでいる状態である。

この世論調査に対して、中国外務省の華春瑩報道官は、「この世論調査は西側諸国の中国に対する認識しか代表しておらず、国際社会の普遍的観点を代表していない。米国の政治家は中国について虚偽の情報をばら撒いており、米国など西側諸国の民衆は中国についての事実や真相を理解するうえで大きく誤った方向に導かれている」と反論した。

この華報道官の反論は中国の対外宣伝工作の方向性を示しており、欧米については反発を招いても強い姿勢を示し、中国は「西側諸国」以外への働きかけで国際世論の支持を得ようと考えているとみられる。

戦狼外交の、その先

それは、新型コロナウイルスの中国製ワクチンを用いた援助外交にみることができる。昨年6月には習主席が「アフリカ諸国に優先的に供与する」と表明、8月にはメコン川流域国へ優先的に提供することも表明した。こうして、中国は今年1月末現在で、アフリカや東南アジアなど26カ国にワクチンを提供。トルコやインドネシアでは大統領が中国製ワクチンの接種を行い、国営新華社通信により、中国国内のみならず世界に向け大々的に報道された。こうした中国の対外宣伝工作の二極化も注視していかなくてはならない。

そして、習主席は「戦狼外交」での権力集中と支持基盤強化の先に何を考えているのか。それは2022年の国家主席3期目突入以後、2027年以降も国家主席であり続けるための盤石の体制を作り上げるため、軍事強国としての成果を上げることにあると考える。

その動きは、昨年来の中国の法改正によるさらなる習近平国家主席への権力集中と軍事体制整備に見ることができる。 「中国国防法」改正では、習主席の思想に基づき軍事力を強化することが書き加えられた。改正国防法第4条は、過去の中国指導者の名前とともに、「国防活動は、習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想による指導を堅持し、習近平の強軍思想、総体的国家安全観及び新時代の軍事戦略方針を貫徹し、中国の国際的地位、国家の安全及び発展利益に相応な、強固な国防と強大な軍事力を建設する」と定めた。

これに加え、尖閣諸島や南シナ海での武器使用を目論む「中国海警法」が今年制定され、施行された。

中国海警法22条は、「国家の主権、主権的権利及び管轄権が、海上において外国組織及び個人の違法な侵害を受ける又は違法な侵害を受ける緊迫した危機に直面する場合、海警機構は本法及びその他の関連する法律・法規に基づき、武器使用を含む全ての必要な措置を講じ、現場における侵害を制止し、危険を排除する権限を有する」と、中国海警局の武器使用権限を明示した。

この海警法の施行はどのような中国の行動をもたらすか。 中国が自国領土だと主張している尖閣諸島において、中国海警局が武器使用できることが中国の法律上担保されたのである。中国海警局は2018年、人民武装警察下に編入され軍と一体化しており、軍事侵攻の尖兵として中国海警局が尖閣へ電撃侵攻することをわが国は警戒し、断固として阻止しなければならない。

中国による尖閣、台湾への軍事侵攻

わが国は、海上保安庁と自衛隊の行動をシームレスにつなぐ「領域警備法」の制定や、わが国に侵攻しようとする勢力を迎撃する長距離スタンドオフミサイル(巡航ミサイル)の配備を前倒しで進めるべきである。

そして、わが国が尖閣侵攻とともに警戒しなくてはならないのは、中国による台湾への軍事侵攻である。中国が実行する可能性はこちらのほうが高い、と私は考える。

習近平主席は、国家主席の任期を撤廃する2018年の憲法改正時やその後も繰り返し自らが国家主席である間に台湾を統一する意欲を示している。2022年以降、国家主席3期目に突入し、2027年の4期目以降も国家主席であり続けるためには、3期目の間に台湾統一に向けた成果を上げなくてはならない。

しかし、一国二制度による平和的統一を台湾が選択することはあり得ず、習主席が台湾を統一しようとするなら軍事侵攻しかない。昨年、人民解放軍制服組トップが「能動的戦争立案」という言葉を使い始めたのも、台湾が念頭にある。

このようにわが国は、中国の対外宣伝工作の先にある覇権国家としての対外侵略を警戒しながら、中国の対外宣伝工作を見ていかなくてはならない。

孔駐日大使のような論文については、英・仏・豪各国のように政府としてしっかりと反論し抗議をすべきであるし、途上国を味方につけようとする中国のプロパガンダも警戒しなくてはならない。

そのうえで、わが国はこうした中国の対外宣伝工作の緻密な分析とともに、中国の人権侵害と尖閣諸島や南シナ海での覇権主義的行動について断固許さず、制裁を含めた厳しい対応を取っていくべきである。(初出:月刊『Hanada』2021年4月号)

和田政宗

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