「生きた心地しなかった」保育園長、クラスター振り返る 対策、自粛…続けるしかない

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「これ以上できないくらい対策も自粛もしてきた。続けるしかない」と語る木村園長=長崎市、滑石保育園

 「つら過ぎて、生きた心地がしなかった」。滑石保育園(長崎市滑石5丁目)の木村悦子園長(67)は、3カ月半前の新型コロナウイルス感染「第3波」をこう振り返る。園児を含む計16人のクラスター(感染者集団)が起き、6日間の臨時休園を強いられた。次の高い波が県内に押し寄せる中で、あの時思い知らされた現実をかみしめる。「どこで何が起きるか分からない。ウイルスは人や施設を選ばない」ということを。
 1月16日午後11時ごろ、自宅で結果が「陽性」だと知った。その数日前、発熱を理由にPCR検査を受けるよう促した保育士からの電話だった。慌てて登園し関係者に一斉連絡。そこで一夜を明かし、保健所の指示を受けながら行動履歴や濃厚接触者を調べた。「できる限りの対策をしてきたのに…なぜ」。そんな困惑や疑問に答えが出る間もなく、約1週間のうちに保育士9人、園児7人の感染が次々に確認された。
 いずれも軽症だったが、「感染を防ぎきれず、申し訳ない気持ちでいっぱい」だった。とくに心苦しかったのは、子どもを預けられずに仕事を休んだ多くの保護者に対し、何の補償もできなかったこと。併設する学童クラブも閉めた。
 園児約190人(当時)と職員約40人の大所帯。感染リスクはそれなりに理解していたつもりだ。園内の消毒を徹底し、来園する保護者も含め検温を毎日欠かさなかった。職員には県外に出掛けず、家族以外と会食しないよう自粛を要請。それぞれ立場を自覚し、守っていたという。
 恐れていた誹謗(ひぼう)中傷はなかった。保護者の買い物を手伝うと申し出る住民や、これまでの感染対策を評価し励ましのメールをくれた保護者もいた。「子どもと一緒に家で過ごし、成長を感じることができた」という手紙に救われる思いがした。
 これを機に対策をさらに強化し、保護者の入室禁止エリアを保育室から施設内に広げた。行事への参加機会が激減し、寂しい思いをさせている保護者には、園内の子どもの様子や給食の献立を連絡帳アプリで随時知らせている。

園で過ごす子どもたちの写真、給食や離乳食の献立などを保護者に連絡帳アプリで知らせている

 木村園長は保育士職を「天職」だと思って半世紀近く情熱を注いできた。「子どもを抱いたり、食べさせたり。保育は密でないと成り立たない部分があるし、密でないと互いの愛着が育たない」との考えはコロナ禍でも変わらない。それだけに「赤ちゃんにとって私たちのマスク姿はマイナスにならないかと思う気持ちもある」と悩む。
 より感染力の強い変異株が広がる第4波。「これ以上できないくらい対策も自粛もしてきた。これを続けるしかない」と危機感を募らせる。木村園長は自らを奮い立たせるように、さらにこう付け加えた。「子どもたちは1年で大きく成長する。成長を保障するのが園の使命であり、保育の停滞は許されない。まだショックを引きずっているけれど、そんな顔は子どもたちに見せられない」