【寄稿】「軍事かコロナ対策か」 予算の大胆な組み替えを

山口響

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 ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の最近の調べによれば、2020年の世界の軍事費が合計で1兆9810億ドル(約214兆円)に達したという。最大は米国で7780億ドル(前年比4.4%増)、2位は中国で2520億ドル(前年比1.9%増)。
 「コロナ禍にも関わらず前年より2.6%増」という報道も一部あるが、これは未確定。というのも、この算定は、一部、当初予算をベースにしているからだ。決算ベースで後から計算し直したら予算より減る可能性はなくもない。
 「大砲かバターか」という言い方がしばしばなされる。軍事にお金をかけるのか、食べ物など日常生活に直結するニーズを重視するのか-という古くて新しい問題だ。多くの人は「コロナ対策にお金をかけろ」と言う。同時に「中国や北朝鮮の脅威に備えて、軍備を充実しろ」とも言う。しかし二兎は追えない。
 「外敵」「仮想敵国」などとされているものは、本当に私たちにとっての脅威なのか。コロナ禍のために、目前の1週間の生活の維持すら困難である人が多くいる中で、本当に存在するかどうかも分からない「脅威」に備えて軍事費を積み増すことが、まともな感覚だとは思えない。
 日本の場合、GDPに占める防衛費の割合は1%程度と諸外国に比べて低いし、防衛費の中で人件費の占める割合が4割と高いため、防衛費を削ってコロナ対策に回せる余地は小さいかもしれない。それでもなお、たとえば、技術的な実効性すら証明されていないミサイル防衛に年間1100億円以上、戦闘機「F35」計6機取得に計650億円など、本当に今必要な支出だろうか。
 何かといえば「政治主導」の価値が喧伝されているこの数十年の日本政治だが、それならば、コロナ禍に対応した大胆な予算の組み替えこそ、今政治がなすべきことではないだろうか。
 その場合、過去のやり方の踏襲ではいけない。過去のやり方とは、(1)個人ではなく業界の支援に重きを置くこと、(2)個人を直接支援する場合、低所得者層などに対象を絞り込もうとすることである。
 (1)については、飲食業などの特定業界ばかりが支援される現状への不満がすでに強く出ている。(2)は一見正当に思えるが、支援がスピーディーでなくなる。まずは市民全員に迅速に一律の金銭的給付をし、収入の多かった人からは後で余分に所得税の形で吸い上げればよいだけのことだ。
 前例のないコロナ禍に立ち向かうのだから、前例踏襲ではとても対処できない。

 【略歴】やまぐち・ひびき 1976年長与町出身。「長崎の証言の会」で被爆証言誌の編集長。「長崎原爆の戦後史をのこす会」事務局も務める。長崎大学等非常勤講師。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。