働かなければ老後破綻!?私たちが“生涯現役”を迫られる理由

「老後に2000万円の資産の取り崩しが必要である」という金融庁の報告書が波紋を広げたことは、記憶に新しいでしょう。人生の3大支出が教育資金、住宅資金、老後資金と言われるように、多額の資金が必要とされる老後資金に関して、多くの人は不安に駆られます。

人々が老後資金に対して漠然とした不安を抱く一方で、老後に実際にどれくらいの支出があって、どれくらいの収入を稼げばいいのかということはあまり認識されていないのではないでしょうか。

拙著「統計で考える働き方の未来―高齢者が働き続ける国へ 」(ちくま新書)では、年金世帯の家計収支をもとに、実際にどれくらいの金額を稼げばいいのか提示しています。ここでは、その内容をもとに、年金世帯の家計収支を分析していきましょう。


支出は50代前半をピークに減少へ

まずは、年齢階層別の支出額の推移をみてみましょう。2019年総務省家計調査から二人以上の世帯の家計支出をみたものです。

これをみると、支出額の平均値は世帯主の年齢が50代前半にある世帯が月35.8万円。それをピークに支出額が減少していくことがわかります。

その前後の40代後半、50代後半世帯も支出額は高い水準にあります。この理由は簡単で、50代前半あたりで教育費や住宅費がピークを迎えるからです。たとえば、35歳で産まれた子どもがいる場合、50歳時点で子どもの年齢は15歳。住宅も30代から40代で取得する人が多いので、住宅ローンも払い続けている人が多い年代です。

その後、60代後半では28.2万円、70代前半で26.3万円、70代後半で23.1万円と支出額は減少していきます。これはもちろん多くの世帯で教育費が必要なくなり、住宅ローンも完済が見えてくるからです。70代にもなればピーク時からの6割くらいの支出で生活できることがわかります。

高齢無職世帯の収入の大半が年金給付

次に、働かなければ家計はどうなってしまうのかをみていきます。前出の年齢階層別の支出額グラフは、勤労世帯も無職年金世帯も含めてみたものですが、次のグラフは世帯主の年齢が60歳以上の無職世帯(2人以上の世帯に限る)における収入と支出のバランスをみたものです。

ここでは、世帯の収入を上方に、支出を下方に記しています。ここから、年金無職世帯の収入のほとんどが社会保障給付であることは一目瞭然です。

70代前半の無職世帯の家計をみると、毎月の収入の平均値は22.4万円であることがわかります。収入の20.7万円が社会保障給付で、公的年金給付がこのうちの20.6万円を占め、ほとんどの年金世帯が年金収入だけでやりくりをしています。

親族から受け取ったお金などが含まれる受贈金という項目や、家賃収入、株式などから生じた利子・配当による財産収入などが「その他の収入」として計上されますが、これは全てあわせて1万円を少し超える程度。働かずに収入を得る手段は想像以上に少ないのが実情です。

高齢無職世帯は支出超過の状態に

無職世帯の支出額に目を移せば、月々の支出は年金収入を超えています。65〜69歳では8.7万円、70〜74歳では6.5万円と、一定の赤字額が毎月計上されており、多くの働かない年金世帯が、貯蓄の切り崩しによって赤字額を穴埋めしています。

一方で、年齢を重ねるにつれて、その赤字額が少しずつ減っていくことも注目されます。これは歳を重ねるにつれて、先述のとおり、世帯の支出額が減少する傾向があるからです。

高齢になるほどに貯蓄が減少して倹約を余儀なくされているという見方もできそうですが、どちらかというと体力の衰えからこれまでと同じような消費活動ができなくなるという側面の方が強いのでしょう。

要するに、老後に乗り越えるべき経済的な障壁は75歳までにあります。老後に最も生活が逼迫する時期は、定年直後から70代前半にかけて訪れる。そこさえ乗り切れてしまえば、貯蓄額がそこまでに多くなかったとしても老後に資金が不足する可能性は低いと言えます。

月10万円の収入を稼ぐのは難しくない

この事実をどうみるべきでしょうか。たしかに働かなければ家計が赤字になるのは確かですから、多くの人にとって定年後も働き続けることは、現代において避けられない現実です。

その一方で、定年前は手取りで月30~40万円の収入をいかに稼ぐかという問題に平均的な世帯が直面しているわけですが、定年以降は月10万円程度の所得をいかにして稼ぐのかということが平均的な世帯が直面する現実となります。世帯で手取り月10万円であれば、そこまで難しくないのではないでしょうか。

たとえば、コンビニの店員の仕事や飲食店の接客の仕事は時給1,000円くらいです。夫婦がともにこうした仕事に月100時間弱従事すれば、月10数万円は稼げます。月100時間というと、1日6時間の仕事を週に4日行うくらいの時間数です。月10数万円と年金収入があれば、老後の貯蓄を積み増しながら生計をやりくりできます。

もちろん、定年前に年金保険料を納めていなかった人、持ち家がなく著しく資産が少ない人などはもっと厳しい現状が待ち受けます。また、厳しい年金財政の中、年金給付額も今後緩やかに減少していくでしょう。

しかし、年金の受給額が急に半分になったりなくなったりすることはまずありません。多くの人にとって、たとえ小さな仕事であっても、それを続けていくことで十分に生活ができるというのが現実なのです。

定年後の仕事を考えるにあたっては、将来を楽観視して仕事をやめてしまうことは避けるべきです。そして、それと同時に将来に不安を感じて過度な負荷の仕事をする必要もありません。定年後は、実際にどれくらいの支出・収入が必要なのかをシミュレートして、世の中に必要とされる仕事で着実に社会に価値を生み出していくことを考えていきたいところです。

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