夫殺し未遂の女医が語った「男の宿命的な性」への憎しみ――女たちの同情を集めた公判【神戸毒まんじゅう殺人事件:後編】

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1939年(昭和14)4月26日、兵庫県の西側にあるM病院で副院長を務める橋本義男(仮名・当時28)のもとに神戸大丸からカルカン饅頭が届いた。義男と実弟と、実妹の職場の人間がそれを食したところ、全員がチフスに罹患。義男は一時期重体となるも回復したが、実弟はのちに死亡した。饅頭の表面にはチフス菌が塗られていたのである。カルカン饅頭を送りつけたのは、義男の内縁の妻である女医の永尾花子(同・当時29)だった。

花子は、細菌研究所からチフス菌の培養器3基を持ち出し、饅頭に全て塗りつけてから発送していた。饅頭を使い毒殺しようとした相手は、義男だった。第二次世界大戦勃発の年にありながら、世間の耳目を大いに集めたこの事件は、一般傍聴席の8割が女性で占められていたという。女性の関心を集めたのは、この事件が義男の裏切りをきっかけとしていたものだったからだろう。

3日続いた公判の終盤、検察官は殺人ならびに同未遂罪として花子に無期懲役を求刑したのに対し、裁判所はのちに、傷害ならびに同未遂罪とし、懲役3年の判決を言い渡した。当然ながら検事はこれを不服として控訴。舞台は大阪控訴院に移った。

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憎しみを抱いた決定的な言葉

そんな大注目の控訴公判で花子は、チフス饅頭を送りつけるまでの気持ちの揺れを、さらに詳しく証言した。学位取得後の義男に抱いた“ほかの女と結婚しようとしているのでは”という疑念の根拠をこう明かす。

「私が下宿を訪れると、私の下駄を隠したり、知らない女と一緒に写した写真があったり、使途が怪しい貯金通帳が出たり、いまから考えるとどうしてもっと疑わなかったのかと思います」

そうしてついに義男から告げられたのだという。

「自分は近く見合い結婚をしようと思うからお前とは別れる。自分は学位など欲しくなかった。学資などはいらぬお節介だった」

花子の方もこう言われたときすでに、義男への愛は憎しみに変わっていた。訴訟を起こし社会的制裁を加えようと画策し、最終的に7,000円で解決したが「その結果はあまり橋本が苦しんだようにみえなかったので私の心は決して晴れませんでした」(控訴院での証言)という。

そんな中、ふと花子の心は動いた。

「なんとなしにチフス菌に心が惹かれて。これを前にして念じていると、橋本にそれが通じてチフスにかかるような気持ちがしました」
「4月ごろ、弁護士先生のお宅でお菓子をいただいているとき、ふとこんなお菓子にチフス菌を塗ったら、憎い橋本に復讐ができると思いました」

二つの思いつきにより実行したチフス饅頭による毒殺事件だったというが、しかし花子は義男を苦しめようという気持ちはあっても殺すつもりはなかったとも述べた。

「私はチフス患者を診察した経験から、チフスだけで死ぬとは考えられません。あのときはそんな日頃の知識など全く忘れてただ一途に義男をチフスにかからせて苦しめようと思っただけです」

一方で義男は、「彼女の態度は夫婦の愛情が疑われるような点が多く、女としてのたしなみがなく、また橋本の両親の悪口を言った」「神戸の旅館で会った時、いきなり『離婚させていただきます。お金は全部返してください』と恐ろしい剣幕で切り出した」など、心変わりは花子の言動が原因だったかのように語る。「断じてありません」、花子はこれを強く否定した。

最終的に控訴院で検事は花子に対しふたたび無期懲役を求刑したが、こんどは同情論を排し、殺人ならびに同未遂罪として、第一審より5年多い懲役8年の判決となった。被告側は第三審を要求し上告に及んだが、大審院は1940(昭和15)年6月、傷害および同未遂罪を一蹴。控訴院の二審判決を支持し、懲役8年の刑が確定したのだった。

花子は入獄し、誤って殺害した義男の実弟の冥福を祈り、中国語の勉強に専念する。模範囚として刑期3分の1の懲役2年8ヶ月で仮釈放され、出所するとすぐに更生の地をオーストラリアに求め、工場や病院にて医師として診療を行っていたが、大戦の終わりを迎えたことから郷里である高知に引き上げた。

ふるさとで静かに余生を送ると思いきや、花子は1948(昭和23)年に地元の市会議員選挙に出馬するという行動に出る。最高点で当選し、35議席の中の紅一点として活躍した。

朔風冷たい大陸にすっかり痛む心を癒やした花子は、高知で人事相談所を設けて華やかな人生の陰に泣く人々のために親身になって世話し、講演活動も積極的にこなした。そのうち郷里出身の厚生大臣の尽力もあり、11年ぶりに晴れて医師として蘇ったのだ。

事件から数十年が経ち、56歳となった花子は、毎日新聞高知版での、当時の日赤高知病院勤務の医師との新春女性対談にて、その昔を思い起こさせる発言をしている。毒まんじゅうにて無関係の人間を巻き添えにした罪を償い終えてもなお、その憎しみの源となった橋本への、また全ての男性への諦めにも似た気持ちを抱き続けていた。

「男が浮気するのは当たり前ですよ。男の本能は多角的放散的で、女を見ると『ちょっといけるな』あんな女と遊んで見たいという気を起こす。(中略)この正体を女が理解していないと大変な家庭騒動や悲劇が起こります。男は軽い、いたずらっ気で一晩遊んで来たのが、妻にとっては柔軟年心から信じていた夫に裏切られたと思い込んだり、自分は捨てられたんだと思ったりする。(中略)男の宿命的な性を、女は十分腹に入れてやたらに角を出さずに女の性を守って生きていくことです」

参考文献
「週刊朝日」(朝日新聞出版)1940.3.3
「サンデー毎日特別号」(毎日新聞出版) 1957.5.1