中森明菜「十戒(1984)」歌謡界の女王になるための試金石? 1984年 7月25日 中森明菜のシングル「十戒(1984)」がリリースされた日

ツッパリ路線の最終型、中森明菜「十戒(1984)」

中森明菜の通算9枚目のシングル「十戒(1984)」は、「少女A」「1/2の神話」「禁区」に次ぐ売野雅勇の作詞シングル曲としては4作目となった。売野が描き、明菜が歌うことでその完成度を高めてきたいわゆる “ツッパリ路線” の最終型ともいえるシングルは、夏に明菜が19歳になった直後のリリースだった。

売野×明菜の集大成ともいえる「十戒(1984)」は、強がりな10代女性の “動” の部分をさらけ出してきたアイドルとしてのひとつのけじめだったのかもしれない。

日本のフュージョン界を牽引する高中正義が作曲したロック然としたメロディをド派手で豪快なギターサウンドでアレンジ共作したのは「少女A」以来、多くの明菜のサウンドを彩ってきた萩田光雄だった。ここでも迫力のあるイントロからリスナーを明菜の世界観に引き込むことに成功している。

タレントのクリス松村は萩田光雄編曲の数ある明菜楽曲で「十戒(1984)」をベストに選んでいる。「あんなドラマティックでハッタリ感のある曲はないですよ」(書籍『ヒット曲の料理人 編曲家:萩田光雄の時代』より)。

ズラリと並ぶ辛辣で過激な言葉、1984年を代表する1曲

1984年8月16日、『ザ・ベストテン』初登場1位。映し出された中森明菜は全身黒だった。前シングル「サザン・ウインド」で上げていた髪をばっさりと下ろしている。胸にはワンポイントの十字架のアクセサリー。ウエストがキュッとしまった透け透けのチュールスカート。低めのヒールのショートブーツ。重厚なイントロリズムに合わせ斜めに構え、挑発するかのように足を開いたり閉じたりする。時おり覗かせる生足。イナバウアーよろしく大きくのけぞり女性らしいフォルムを強調。肩越しから挑発するようなカメラ目線。圧倒的な存在感にブラウン管に釘付けだ。

「愚図ね」。歌い出しも強烈。「発破(はっぱ)かけたげる」「カタつけてよ」「坊や」「イライラするわ」「ツケ上がる」―― これまでの既発シングル以上に辛辣で過激な言葉がズラリと並ぶ。その眼差しは極めてクールだ。どこか女性上位の視線は文字通り1984年を代表する1曲となった。

ヤワな男たちに突きつけた十の約束事、自立した強い80年代の女性像を確立

1983年12月、9,893円で取引を終えた日経平均株価が翌1984年1月に初めて1万円を突破。1万円札(福沢諭吉)、5千札(新渡戸稲造)、千円札(夏目漱石)の新紙幣発行。有楽町マリオン、プランタン銀座オープン。日本の平均寿命が男女ともに世界一。第1回流行語大賞で「まるきん まるび」が受賞。 「くれない族」も反乱した1984年―― そんなバブル前夜、日本中にお金が溢れ出そうとしていた時代。

好況を背景に金銭に恵まれているけれど中身が空っぽな男を、明菜は痛快までにバッサリと切り捨てたのだ。同時に自立した強い80年代の女性像をここで確立。しかし、心の奥では “私を守ると約束してほしい” という想いが彼女の歌声からは滲み出る。これが明菜の魅力でもある。

ちなみに「十戒」は『モーセの十戒』でも知られる旧約聖書に書かれた十の戒律。やってはいけない十の約束事をヤワな男たちに突きつけたのが1984年版「十戒」。明菜の「十戒」は “じゅっかい” と発音するが、実際の言葉としては “じっかい” と読むことをのちに知って驚愕した明菜世代も多かったのではないだろうか。

かく言う筆者も発売当時は14歳。本稿を執筆するにあたりデータ確認のためにパソコンに “じゅっかい” と打ち込んでしまい、そうだった……。あらためて簡単には上塗りされない少年期のエンタメ刷り込みの強さを痛感する。

中森明菜の新たな時代を告げるターニングポイント

「十戒(1984)」はいわゆる10代ツッパリ路線の最後のシングルとなったが、この曲は中森明菜の新たな時代を告げるターニングポイントにもなった。言い換えれば歌謡界の女王への試金石。

「するわぁ~ーーー」。レコード大賞2年連続受賞となった「ミ・アモーレ」「DESIRE」に代表される特徴的な “明菜ビブラート” を効かせた唱法はこの「十戒(1984)」から始まったといっても過言ではない。

1984年夏から秋にかけてにテレビやラジオのスピーカーから響き渡った非凡な歌声は、アイドルからアーティストへ変化していく様を如実に誇示。この年の大晦日、彼女にとっては十代最後のNHK『紅白歌合戦』。シンボルだった黒いスカートを脱ぎ、きらびやかなでドレスで「十戒(1984)」を歌い上げ、中森明菜は飛躍の1985年を迎えようとしていた――。

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カタリベ: 安川達也

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