『SENTIMENTALovers』の両想いに至らない歌詞から平井 堅が恒久に求めるテーマ、コンセプトを想像する

『SENTIMENTALovers』('04)/平井 堅

昨年デビュー25周年を迎えたシンガーソングライター、平井 堅が5月12日に約5年振りとなるオリジナルアルバム『あなたになりたかった』を発表した。そんな平井 堅の過去作を一枚取り上げるとなると、2004年の年間シングルチャート年間1位を獲得し、平成を代表するナンバーと言っても過言ではない、「瞳をとじて」が収録された『SENTIMENTALovers』ではないだろうか。彼の甘くシルキーな歌声は改めて説明するまでもないと、今回は徹底的に収録力の歌詞に注目してみたのだが、それによって、意外と…と言うべきか、平井 堅というアーティストの本質が見えてきたような気がする。

歌詞に横たわる悲哀

アルバムタイトルは“SENTIMENTAL”と“Lovers”を組み合わせた造語であることは言うまでもないけれど、それが“SENTIMENTAL Lovers”だとして、訳せば“感傷的な恋人たち”── “悲哀の感情に揺さぶられ、何かにつけて涙もろくなる状態の恋人たち”となるだろうか(“感傷的”の意味はWeblio辞書から引用)。確かに、このアルバムの歌詞に描かれている物語は、そのほとんどに悲哀が横たわっていると言っていい。片想いを綴ったものなど悲恋ばかりではないようだが、そこに出てくる《キミ》や《君》や《あなた》とは、心が通じているとは限らないというか、概ね、いわゆる“両想い”ではない。歌詞だけを指して明るいか暗いかで言えば、決して明るい作品ではない印象ではある。

《ねぇ いつかキミは僕のことを忘れてしまうのかな/その時はキミに手を振ってちゃんと笑ってられるかな/ねぇ そんな事を隣でキミも思ったりするのかな/思いが重なるその前に強く手を握ろう》《誰といても一人ぼっち/唇噛み締める時には/またここにきて同じ空を/何も言わずに見上げよう》(M1「思いがかさなるその前に…」)。

《瞳を閉じて 君を描くよ それだけでいい/たとえ季節が 僕の心を 置き去りにしても》《瞳をとじて 君を描くよ それしか出来ない/たとえ世界が 僕を残して 過ぎ去ろうとしても》(M5「瞳をとじて」)。

《求めれば求めるほど 愛は遠のいてくもの/綺麗な横顔が 思い出ひきがねに 涙で歪むその前に》《サヨナラの匂いだけを 残して立ち去った背中が/見えなくなる前に早く 今追いかけて この手を伸ばして》(M8「signal」)。

最も分かりやすいのは上記辺りだろうか。平井 堅を代表する楽曲で、平成のJ-POPを代表するナンバーと言っても過言ではないM5は、別れたあとの状況を歌ったもの。M8は別れの瞬間、その刹那をとらえている。M1はM8の真逆で、文字通り“思いがかさなる”瞬間を描いており、完璧な悲哀とは言えないものの、そうは言っても、《忘れてしまう》や《誰といても一人ぼっち》とあることから100パーセント開けた感じでもない。少なくとも“両想い”ではないことは分かる。

これらのような、特にM5やM8のように誰の目にもそれが別れのシチュエーションととらえられるものだけでなく、パッと聴きには別れではない印象というか、それどころか、油断していたらハッピーに感じてしまう楽曲にも、“両想い”は存在していないようである。

《君も誰かに嘘ついたり 誰かを妬んだりするのかな?/君の事もっと知りたいような これ以上知りたくないよな》(M3「言わない関係」)。

《もっと近くなって ぎゅっと抱き合えたら どんな温度かな》《もっと深くなって ずっと触れ合えたら どんな匂いかな》(M4「君が僕に憑依した!!」)。

《はなれていてもずっと/胸の中にいるよ》《君がさびしいときは いつだって飛んでくよ》(M11「キミはともだち」)。

M3、M4はM1同様《かな》と疑問の終助詞を使っていることで、ほぼ一方的に想いを寄せていることが分かる。悲哀の割合は薄い感じではあるものの、そこに騙されてはいけないだろう(?)。想いが通じているとは限らない。M11は“ともだち”というくらいだから友情を描いているのだろうし、内容もほぼポジティブと言っていい。だが、両者の間は《はなれてい》るし、《飛んで》いかなければいけないような距離がある。意地悪な見方をすると、 これだけでは“両想い”かどうかの確証は得られない。

主人公の妄想、願望も散見

本作にはR&B;、ソウルミュージックならではのリリックと言ってもいい、セクシー路線も収録されており、それらにおいても、ここまで述べてきた傾向は変わらない。一見、マナーに則ったエロい描写であるように思えるが、よくよく吟味すると、どうも歌詞の主人公の妄想と思しきフレーズが散見される。

《君が悶えて爪を立てる 知らない誰かの背中》《Ah 射し込む光 現れた oh 君は 笑っているのか 泣いているのか》(M2「jealousy」)。

《感じるままに踊ればいい つじつま合わせはその後/本当の事は本能の中に 簡単に隠れてるかも/閉じ込めたいたずらを解き放つ時 僕が君の悪魔になる》(M7「style」)。

《もっと奥深くまで触れて君に届きたい/新しい世界こじ開けたいこの鍵で》《I've got a perfect key 右曲がりの/君の繊細な鍵穴にfitするかな》(M9「鍵穴」)。

M2は《知らない誰か》で“おや?”と思わせつつ、《笑っているのか 泣いているのか》と続いたところで、それが妄想であることが確定。ここでの《のか》は、これもまた疑問の終助詞である。M7はこの中では、すでに直接的な接触が行なわれていることをうかがわせる内容ではあるものの、《本当の事は~かも》だから、《いたずらを解き放つ》には至ってない模様ではある。最もショッキングな内容と言えるM9も、描写こそエグいが、《fitするかな》なので、まだfitしてないことは想像するに難くないし、何よりも《届きたい》《こじ開けたい》とあるのだから、それが願望であることは明白であろう。そう考えると、これらの楽曲の主人公が“SENTIMENTAL”なのではなく、我々リスナーがこのリリックに潜む妄想、その悲哀の感情に揺さぶられるというのが、M2、M7、M9の正しい接し方なのかもしれない。

それは平井 堅の本質なのか

想いが通じていない描写はまだある。青春という人生の祭りの終焉、その始まりを描写したかのようなM6「青春デイズ」。おそらく母親のことを歌ったものであろうM10「nostalgia」(母親ではなく、父親かもしれないし、祖父母かもしれないし、もしかすると肉親じゃないかもしれないが、この歌詞の主人公が子供の頃に支えてくれた年長者であることは間違いない)。この2曲にあるものは回顧なので、物理的に(?)気持ちが交わされていることはない。アルバムのフィナーレであり、タイトルチューンとも言えるM12「センチメンタル」は、《君を見つけて今わかったよ 手にするものは一つだけでいいと》など、素直な愛の告白のように見える。だが、《今 君も同じ気持ちだったらいいな》とあることから、その気持ちを共有する以前なのである。オープニングM1「思いがかさなるその前に…」で《ねぇ そんな事を隣でキミも思ったりするのかな》と言い、ラストM12で先のように言うことで、アルバムに円環構造を与えているようでもあるし、コンセプチャルな作品であることが際立っているようで、この辺はお見事であると言わざるを得ないが、それによって作品のテーマを余計にクリアとしている感は否めない。言うまでもなく、それはかなり意図的にやっているということだ。それだけ、リスナーにそれをはっきりと理解して欲しくてやっていることは間違いなかろう。

そして、それは平井 堅というアーティストの本質に近いテーマでもあるように思う。“ように思う”というのは、筆者が平井 堅のオリジナルアルバムを全てつぶさに聴いてないからだが、この度、リリースされたニューアルバム『あなたになりたかった』に関して彼はこんなコメントを寄せている。

「憂鬱と夢見心地を行ったり来たりの我が心模様は、いつだって誰かを羨み、此処ではない何処かに行きたがるのです。」

短文で若干抽象的な表現ではあるが、“憂鬱”と“夢見心地”が『SENTIMENTALovers』にも通底していることはここまで説明してきた通り(“夢見心地”は“妄想”と変換可能だと思う)。そもそも『あなたになりたかった』というタイトルからして、想いを通わせたいという強い気持ちを感じ取ることもできる。決して叶うことのない“両想い”を希求する…というのは、アーティスト、平井 堅の恒久なるテーマ、コンセプトなのかもしれない。

影を覆い隠す歌唱の説得力

さて、こうして歌詞を深掘りしていくと、いかにもダークサイドが目立つ格好で、陰キャなアルバムに思えてくるが、そうではないことはみなさんのほうがよくご存知のことと思う。メロディーとサウンド、そしてヴォーカリゼーションが影の部分を中和しているというか、それをダイレクトに感じさせない作りになっているようだ。唱歌や童謡を連想させるメロディーを持つM1「思いがかさなるその前に…」、M10「nostalgia」、M12「センチメンタル」(その意味では“nostalgia”とはよく付けた題名だ)。M2「jealousy」はコンテポラリーR&B;、アルバム中盤のM6「青春デイズ」、M7「style」、M8「signal」、M9「鍵穴」辺りはリズム&ブルース、ソウルを下地にしていて、唱歌や童謡に比べれば汎用性が低い印象で、そこだけ捉えたら若干マニアックな感じもするが、いずれもサビはキャッチー。楽曲の展開も概ねA、B、サビがある、いわゆるJ-POP的なので、親しみやすさは変わらない。

平成を代表するナンバー、M5「瞳をとじて」については説明するまでもなかろう。アレンジを含めてドラマチックな展開が分かりやすいメロディーをさらに感動的に演出している。そして、何よりもハイトーンなヴォイスが楽曲の中心にあることで、聴き手の中心線がぶれない印象がある。この歌唱によって、歌詞の物語に影があるとか、サウンドがマニアックだとかいうことを、覆い隠されてしまうようなところもあるのではないかと思う。そのシルキーな歌声に魅了されると言えばいいだろうか。細かいことはどうでもいい…と言い切ってしまうのはあれだが、あの歌声にはそんな気にさせられる。シリアスだが、スリリングではない。そんな言い方もできるだろうか。いずれにしても、歌声がいい意味で強く印象に残る。そこが彼のシンガーとして秀でているところであり、特異なところであることに改めて気付かされた『SENTIMENTALovers』である。それでは、歌詞のテーマはどうでもいいかというと決してそうではない。本作を聴き終えた時に感じる余韻は、この内容でなかったとしたら、決して味わえないものであることは、これまた疑うまでもないことだ。

TEXT:帆苅智之

アルバム『SENTIMENTALovers』

2004年発表作品

<収録曲>
1.思いがかさなるその前に…
2.jealousy
3.言わない関係
4.君が僕に憑依した!!
5.瞳をとじて
6.青春デイズ
7.style
8.signal
9.鍵穴
10.nostalgia
11.キミはともだち
12.センチメンタル

『これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!』一覧ページ

『これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!』一覧ページ

『ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲』一覧ページ

© JAPAN MUSIC NETWORK, Inc.