「ツベタカ」に魅せられた男、海中ごみを拾う Uターン単身赴任の生きざま

 全国の消滅可能性自治体ランキングでも常に上位に位置する高知県室戸市。そこで特産のマイナーな巻き貝「ツベタカ」の素潜り漁をしながら、海中ごみを拾い続ける男がいる。聞けば妻と4人の子どもを埼玉に残してのUターン移住組という。「寂れてわびしい町になった室戸をなんとかしちゃりたい」と意気込む、脂の乗り切った43歳の生きざまに興味を持ち、取材してみた。(共同通信=小林笙子)

海中ごみの回収にいそしむ舛田清隆さん=1月、高知県室戸市

 ▽サザエの弟?

  「どんだけ潜っても採れん日は何も採れん。空っぽで帰るぐらいやったらごみ拾って帰ろう、ぐらいの軽い気持ちやった」。からっとした笑顔で話すのは室戸市の貝漁師舛田清隆さん。1年4カ月ほど前、県外では知名度が低いツベタカの素潜り漁をしながら、「ついでに海をきれいにしよう。一石二鳥」と思い立ち、たった一人で海中ごみ収集に奮闘している。

 浅黒く日焼けした顔、恰幅(かっぷく)の良いがっしりとした体。黒の分厚いウエットスーツを着て豪快に笑う姿はいかにも漁師だ。だが素潜り漁をなりわいにしたのは約半年前と日は浅い。父親は室戸の漁師だった。幼少期からその姿を見て育ち、「海はいつもの遊び場やき、素潜りのコツは自然に身についた」と話す。

 ツベタカは太平洋沿岸の暖かい海域に生息する巻き貝でサザエ科の一種。サンカクニナ、サンカクミナなどとも呼ばれるそうだ。サザエより小ぶりなものがほとんどだが、まれに手のひらサイズもある。舛田さんによると、水深1~7メートル付近に生息し、消波ブロックにひっついていることが多い。中の身が貝殻の奥に引っ込みがちで、取り出しにくさが特徴の一つ。食べる際には専用のかぎ針を使う人もいる。

手のひらサイズのツベタカ

 私も勧められ、市内の居酒屋で実食してみた。貝は円すい型でずっしりとした重みがある。サザエのような突起はないが、貝殻の表面に海藻が張り付いていた。調理方法は至ってシンプルで、弱火で15~30分ほど塩ゆでするのみだ。「海藻からええダシが出て、味付けせんでも磯風味になるがよ」と舛田さんは言う。

 白くぷりぷりした身は確かに磯の香りが漂う。こりこりとした歯ごたえがありつつ食感は柔らかで、苦みより甘みが勝った。何度も手が伸びる私に舛田さんは「うまいろ!」と満面の笑みを浮かべるのだった。近くにいた男性客も「へぇー、ツベタカやんか」と手を伸ばしつまみ食い。「俺らが若い時はぼったり(土佐弁で「全面的に」の意味)あったけんど、最近はよう見んくなった。やっぱりうまいなあ」と目を細めた。

 ▽紙リサイクル業からの転身

 舛田さんは高校卒業後に地元を離れ、埼玉県内の紙のリサイクル会社に就職。社長の娘と結婚し所帯を持った。20年以上、業界に身を置く中で環境汚染や自然破壊に関心を持つようになった。

 3年前にたまたま見ていたテレビ番組で、ウニや魚類が海藻類を食べ尽くす「磯焼け」対策で、捕獲したウニに廃棄された野菜を食べさせて養殖する取り組みを知った。海への懐かしさがよみがえり、「海に関わる仕事がしたい」と熱い思いが沸き立ってきた。

室戸特産の巻き貝「ツベタカ」

 「漁師は減ってるけんど魚の需要は高い。1次産業はこれから伸びるんやないか」。地元の室戸ではウニが採れ、野菜作りに活用できる休耕地もあった。「豊富なミネラルが売りの室戸海洋深層水で付加価値を付けたらいける」と息巻いた。

 高校卒業後に地元を離れて約25年。知り合いもツテもなかったが、地域活性化のため都市部から人材を受け入れる市の「地域おこし協力隊員」に採用され、2019年12月、妻と4人の子どもを残して単身移住した。妻の両親は反対したが、根比べの末、折れた。「俺が言い出したら聞かん性格なのをみんなよう分かってるから。応援してくれて、ありがたいことよ」と屈託ない。

「地域おこし協力隊員」として活動していた舛田清隆さん。左は地元の事業者の方=舛田さん提供

 半年ほどは手探り状態でウニ養殖に取り組む日々だった。海で採ってきたウニに、スーパーで買った野菜を与え、海と水槽での養殖を試みていた。しかし全くうまくいかなかった。「実入りは悪いわ、色も味もてんでダメ。理想からほど遠いものやった」と振り返る。

 ウニ養殖はあきらめたが、次に取り組むものがなかなか思いつかない。ある休日。沿岸でなんとなく釣りや素潜りをして過ごしていたところ、幼少期から食べ親しんでいたツベタカを発見した。改めてそのおいしさを実感し、「おいしいのに全然有名じゃない貝を取り扱ったら面白いんやないか」と思いついた。

 思い立ったが吉日。20年9月に地域おこし協力隊を辞め、ツベタカを専門に扱う「清丸海産」を立ち上げた。ただここでも難題が持ち上がる。採れる量が少なすぎたからだ。四半世紀前と比べツベタカの漁獲量は激減していた。なんとか販売量を確保できるよう、生息スポットを求めて「潜りの旅」にも出かけた。

 「ツベタカの少なさもやけど、それ以上に海中ごみの多さにびっくりしたがよ」。各地を潜って目にしたのは、ポリ袋や空き缶、自転車や車のタイヤなどのごみ、ごみ、ごみ。あらゆるごみが海に捨てられていた。

 ツベタカが全く採れなかった日に「空っぽで帰るのもなんだかな」と思い、ごみを拾い集めて持ち帰ったのが海中清掃の始まりだった。収集するごみの量は約2~3キログラムとまだ少なく、舛田さんは「1人じゃ大きなごみは上げられん」と悔しさ交じりに話す。

舛田清隆さんが素潜り漁のかたわら拾い集めている海中ゴミ

▽夢追う父ちゃんを応援

 移住して約1年半。ツベタカの知名度向上を狙い、「身を貝から取り出すのに日本一苦労する貝」と銘打って会員制交流サイト(SNS)で情報発信しつつ、海中ごみを集める日々を続けている。ツベタカは室戸市のふるさと納税の返礼品に採用され、販路ができた。

 地域おこし協力隊員だった時につながった人脈も生かしつつ、事業を展開していく中で顔も広くなってきた。室戸市内はUターンやIターンのほかに海外からの移住者も多く、室戸の魅力発信について熱く議論することもしばしば。地域を愛する人たちが集い、互いの存在が刺激になっている。

 「室戸は漁師の町やと思う。マグロ漁でにぎわっていた昔のように、活気ある室戸を復活させたい」と熱を込めて語る舛田さん。事業はまだまだ軌道に乗ったとはいえないが、貯金を切り崩しながら夢を追って“別天地”で暮らす大黒柱を、家族は遠くで温かく見守ってくれているらしい。

 移住直後の20年初頭から新型コロナウイルスが猛威を振るい、埼玉の家族には1年以上会えていなかったが、今年3月下旬、子どもたちの小中学校の卒業、入学式に合わせてサプライズで自宅に戻った。予想外にも家族の反応は薄かったというが、水入らずの時間を過ごしたといい、「やっぱり家にパパがいるうれしさや安心感はあったみたい」と、はにかんだ。

 「たった1人でもSDGs(持続可能な開発目標)に貢献できるけんど、海をきれいにして、室戸も元気にできたらええこと尽くし。海中ごみ拾いに賛同して集まってくれる人を増やしたいね」。約1週間のステイ後、室戸にとんぼ返りした舛田さんはさっそく海に潜り、ツベタカ漁とごみ集めにいそしんだ。

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