<レスリング>【特集】レスリング部の危機に一致団結! 情熱の結集で13億5000万円を集め、廃部阻止へ動いた米国・スタンフォード大学

 

3月のNCAA選手権でシェーン・グリフィスが優勝したスタンフォード大。部の存続をかけた闘いがスタートしている=同チーム・ホームページより

 新型コロナウィル感染拡大は社会の多くの分野に影響を与え、廃業を余儀なくされている会社や飲食店は少なくない。米国では、コロナ禍による財政難によって大学が運動部の廃止を一方的に決めたケースもあるほど。現段階で、日本ではその段階までいっていないが、感染の流行が長引けば、いつ“その時”が来てもおかしくない。

 存続を目指した闘いも始まっている。2013年に国際オリンピック委員会(IOC)理事会によって、2020年オリンピックからレスリングの除外候補になった時、全世界のレスリング界が一致団結して闘い、オリンピック・レスリングを守った。米国レスリング界でも、カレッジ・レスリングを守る闘いが本格化している。


 米国レスリングで、この影響を受けたのが西海岸、カリフォルニア州にあるスタンフォード大学。昨年7月、そのシーズンいっぱいで下記の11クラブの廃部を決めた。

《男子》フェンシング、ボート、セーリング、バレーボール、レスリング
《女子》フェンシング、フィールドホッケー、軽量ローイング、セーリング、スカッシュ、シンクロナイズドスイミング

オクスフォード大(英国)やハーバード大(米国)などと並び、各種世界大学ランキングで常に最上位に位置するスタンフォード大学=同ホームページ

 これによって、240人のアスリートと22人のコーチが活動の場を失った。

 英国の世界大学ランキングのサイト「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」は、2016年リオデジャネイロ・オリンピックで、在学生と卒業生を合わせて最も多くの金メダリストを輩出したのがスタンフォード大学(11人=16個)という統計を出している(注=東海大と日体大の3人が9位ながら、4人の至学館大がベスト10入りしていないなど、正確さは今ひとつだが…)。

 オリンピックで毎回多くのメダリストを輩出する大学として知られている同大学が、新型コロナウイルスという難敵が相手とはいえ、オリンピック競技の運動部閉鎖に追い込まれたことは極めて衝撃的。

 最も驚きだったのが、男子バレーボール部とレスリング部と言われている。男子バレーボール部は2度の優勝経験があり、レスリング部は、2004年アテネ・オリンピック女子48kg級銅メダリストのパトリシア・ミランダを輩出(在学当時は女子の学生の大会がなく、男子の大会に出場していた)。前シーズンのパシフィック12カンファレンスで優勝の実績を持っている。米国レスリング界の基盤に貢献しているチームだ。

八田忠朗氏の長男が中心となって1250万ドルを集める!

 このピンチに、大学のOBを中心に、“Keep Stanford Wrestling”のスローガンのもと、存続運動を展開。その中心で活動したのが、米国在住の八田忠朗氏の長男で同大学卒業のロバート・イチロー・ハッタ氏(日本名・八田一朗)。クラウド・ファンディングによる寄付で1250万ドル(13億5000万円)以上を集めて学生選手を支援。

レスリングの伝統を守るための闘いもスタート=keep Stanford wrestling.com より

 今年3月の全米学生(NCAA)選手権165ポンド(74.8kg)級でシェーン・グリフィスが優勝し、意地を見せた。同選手権では、「スタンフォード」ではなく、「キープ・スタンフォード・レスリング」の文字が入ったシングレットで闘った。

 大学側が「財政難」で示した数字が2500万ドル(約27億2,500万円)。レスリングだけで1250万ドルを集めた事実は、他の競技にも勇気を与え、複数のクラブの連携へとつながっている。廃止を宣言されていない部の代表も含め、大学側との交渉がスタートしたという。

 「Keep Stanford Wrestling.com」では、大学の決定は財政の問題ではない、などの記事が掲載されており、コロナ禍を表向きの理由にして別の理由があることも推察される。

 今回の騒動で、盤石な財政基盤があるように思われている米国の大学スポーツ界も、実情はアメリカンフットボールとバスケットボールが巨額の富を稼いでいるのであり、他のスポーツはその“おこぼれ”の恩恵を受けているだけ、との声もあった。今回の出来事を機に、米国のレスリング界も変革してくことが予想される。

 2013年の「セーブ・オリンピック・レスリング」によって、レスリング界は、世界に普及して人気のあるスポーツへの変革を求め、組織や運営が大きく変わった。日本レスリング界も、他人事として考えてはなるまい。

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