「東京五輪中止なら多額の賠償金」は本当? 判断基準 “スイス法” の専門家は意外な見解

スイス弁護士のミハエル・ムロチェク氏

東京五輪開催を巡り、国内外で「中止」を求める声が噴出している。開催権限を持つ国際オリンピック委員会(IOC)に対し、日本側から「中止」を申し出る可能性はあるのか。そのカギを握るのがIOCへの賠償金問題。法律専門家の間でも意見は二分されるが、実は最終判断の基準となるのは「スイス法」だ。そこで同分野の専門家を直撃。法廷闘争となった場合の行方を占った。

日本から中止を言い出せば多額の賠償金が発生――。こんな〝定説〟が巷間ささやかれる。スポーツ法に詳しい早川吉尚弁護士(52)は「東京都が義務を履行しないと決定した場合は損害賠償責任を果たさなければならない」と大原則を掲げるが、最近では元大阪府知事で弁護士の橋下徹氏(51)、五輪中止署名活動を行う宇都宮健児氏(74)らが支払い義務を否定。いったい何が正解なのか?

実は、開催都市契約の87条には「本契約はスイス法に準拠する」と明記されており、IOCのお膝元でもあるスイスの法律に答えが隠されているのだ。そこでスイス法に詳しい奧野総合法律事務所・外国法共同事業スイス連邦法弁護士のミハエル・ムロチェク氏を直撃した。

まず、同氏はスイス民法第97条1項「義務を全く履行しなかった債務者は、自分に過失がないことを証明できない限り、損害を賠償しなければならない」を示した。原則としては支払い義務を負うようだ。その一方で同氏は第119条1項「債務者に帰責事由(落ち度)がない状況により履行が不可能になった場合、履行義務が消滅したとみなされる」を掲げる。つまり不可抗力の場合は支払いが免除されるのだ。

では「コロナ禍によって中止にせざるを得ない状況」は日本の〝落ち度〟となるのか。同氏は「合意は拘束されるという原則がスイスの法文化に強く根付いていることを念頭に置くべき。契約の履行が不可能だと想定されるのはまれなケースに限られる」と前提を掲げた上で「パンデミックによる影響は誰にも予測できなかった。従って2020年夏の状況が予測できないと仮定し、第119条1項を適用することは、この文脈ではそれほど不合理ではないと思われる」と説明する。

ここで注意したいのは「20年夏」という点だ。同氏は「ウイルス拡散後に五輪が延期され、すぐに中止されなかったことを考えると、21年夏の状況の予見可能性や回避可能性はもちろんのこと、時機を逸した契約の解除は日本側の責任を判断する際に不利になるかもしれない」と指摘した。

昨年3月の時点で「中止」ではなく「延期」とした点が日本側に不利に働く可能性があるということだ。いずれにせよ、法廷闘争となった場合は日本側が〝アウェー〟の立場。「IOC有利」の状況に変わりはなさそうだ。

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