シリア、政権お膝元の首都「激戦時より今が苦しい」 現地ルポ、コロナ直撃で困窮深まる

がれきの中を登校する少年=3月29日、ダマスカス南部ヤルムーク(共同)

 内戦に陥ってから10年が経過し、5月26日に大統領選を控えるシリア。アサド政権のお膝元である首都ダマスカスに入り取材した。これまでに約40万人が死亡、人口の半数が住居を追われた。アサド政権軍は軍事的な勝勢を固め、反体制派やイスラム過激派武装組織との激しい戦闘は収まっているが、住民は「生活は戦時より苦しい」と訴えた。「内戦以降で最悪の経済危機」(国連)の中、約8割の人が国際的な貧困ラインの1日1・9ドル(約210円)以下で暮らす。コロナ禍が長い内戦で疲弊した経済を直撃し、住民を追い詰めている。(共同=日出間翔平)

 ▽反体制派、ISの拠点は

 3月下旬、平日の昼下がり。戦闘の破壊を免れたダマスカス中心部には、カフェやレストランで飲食や水たばこを楽しむ人の姿があった。公園のベンチでくつろぐ人もいた。アサド政権軍は2018年5月に首都全域の掌握を宣言。多くのダマスカス住民にとって、内戦はこの時点をもって「終わった」のが実感だという。

ダマスカス近郊の東グータ地区ハラスタで崩壊した住宅=3月28日(共同)

 しかし中心部から車で15分ほど走ると、風景は一変する。迷彩服の兵士が立つ検問を抜けた先にあるダマスカスの東グータ地区。ここは、反体制派の主要拠点だった。政権軍が猛攻を掛けて制圧した町ハラスタで、崩壊して骨組みだけになった住宅跡を歩いた。割れた食器や破れた本が、ここに人々の確かな生活があったことを伝える。

 過激派組織「イスラム国」(IS)が立てこもったダマスカス南部ヤルムークは廃虚と化していた。建物の壁には銃弾やミサイル攻撃の痕が生々しく残り、焼け焦げた車が放置されていた。復興はほど遠い。ただ、町には住民が戻り始めていた。激戦時に避難したものの、最近の経済危機でほかに住む場所を失った人々だった。

東グータ地区ドゥーマで破壊された病院跡地に立つ兵士=3月30日(共同)

 主婦セミーラ・アサードさん(65)は避難先で家賃を払えなくなり、帰ってきた。夫や息子は失業し、収入はほとんどなくなった。山積みのがれきが残る道路に、スクールバスが到着した。登校するラマ・ジャバーリさん(12)は「毎日の食事の量が減った。お父さんから『お金がなくて買えない』と聞いている」と話した。

 ▽忘れた肉の味

 世界食糧計画(WFP)によると、新型コロナ禍の1年で十分な食料を手に入れられない人が約310万人増加し、国民の約6割に達する。「肉の味なんてもう忘れたよ」。東グータ地区の青果店主ムハンマド・カンマシュさん(28)が自嘲気味に言った。

 激戦時も1ドル=約500シリアポンドで推移していた現地通貨は、今年に入り過去最低の1ドル=約4千シリアポンドまで暴落。内戦前の価値の約9割を失った。物価は急騰した。カンマシュさんも店の値付けを5~50倍に上げた。「内戦を生き延びたのに今の方が苦しい。窒息しそうだ」

 内戦は、11年の中東民主化運動「アラブの春」が波及した反政府デモをアサド政権が武力弾圧して始まった。政権は反体制派やISなどに押し込まれたが、15年にロシアが政権を支援して軍事介入し、形勢は逆転。イランの軍事支援も受け、政権は全土の6~7割を支配下に置く。

ダマスカスの市場に掲げられたアサド大統領の写真=3月29日(共同)

 シリア人権監視団(英国)が3月に発表した統計によると、民間人の犠牲者は約11万7千人。困窮も深まる一方だが、不満が公然と政権に向かうことはほぼない。政権批判は厳しい取り締まりの対象だ。在職20年を超えたアサド大統領は5月26日の大統領選に立候補しており、4選が確実視されている。

 ▽憤りよりも諦め

 新型コロナ禍は慢性的な食料、燃料不足に追い打ちをかけた。困窮した住民は1枚1円ほどのパンを求め、店に数時間並ぶ。ガソリンスタンドには数キロにわたる車列ができていた。運転手の1人は「昨日は午後4時から日が変わるまで並んだが給油できず、また来るはめになった。こんなことは今までなかった」と疲れ切った様子だった。

 5月中旬までにアサド政権が公表している新型コロナの感染者数は約2万4千人で、死者は約1700人。崩壊寸前の医療体制の下では実態把握は難しく、国連筋や支援団体関係者によると、実際には数倍の患者がいるとみられる。国際医療援助団体「国境なき医師団」によると、北西部の反体制派地域でも感染が急増している。

 ダマスカスの医療機関でPCR検査を受けると、費用は19万シリアポンドだった。平均的な月収を上回る額だ。国営シリア・アラブ通信は3月中旬、ダマスカスの公立病院でコロナ患者専用のベッドが満床になったと伝えた。アサド大統領夫妻も感染を公表した。

マスクを着用せず多くの人が行き来するダマスカスの市場=3月28日(共同)

 感染が拡大していても、安価な食材が手に入る市場はマスクをしていない人でごった返していた。野菜を買いに訪れた小児科医ルジャイン・ニザムさん(25)は、現在の状況下で「コロナ対策をする余裕はどこにもない」と語った。  長い戦闘がようやく収まったときに新たな苦境が訪れた。住民らを覆う感情は、憤りよりも諦めの色が濃く見えた。ある男性は「悲しむことにも怒ることにも、もう疲れた。戦争が長すぎる」とつぶやいた。

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